RESEARCHED RESULTHRI×FRONTIER

人と機械の関係の未来ビジョン

2017.04.10

『対談シリーズ:人と機械、そのインタラクションの未来を語る』 ②中篇

~②ヒト の発達からみた、ヒトとロボットのインタラクション【中篇】~

vo.2:突き詰めるとヒトとは何か

赤ちゃんが注意を向ける対象

佐倉:前回は、ヒトとロボット、ヒトとペットの関係について考えましたが、今回はヒトについてもう少し深掘りしてみましょう。例えば、ヒトの赤ちゃんは、どのようにしてヒトとして育っていくのか。

明和:ヒトの赤ちゃんは、胎児期から既にお母さんの声と他の女性の声を聞き分けています。

佐倉:お母さんのお腹の中にいる胎児の時からですか。

明和:お母さんの声の特徴を早期から検出することに進化的に意味があったのでしょう。

佐倉:他者との共感能力をもつのは、もう少し成長してからの話でしょうか。

明和:私は、おそらく胎児期から学習が始まっていると思います。たとえば、「マザリーズ」という現象があります。

佐倉:いわゆる「母親語」ですね。

明和:大人が相手だと「かわいいね」とすんなり言うところを、赤ちゃんに対する時には「あぁ~、かぁ~わいいねっ」という感じで語り掛けますよね。大きな抑揚、高いピッチ、ゆっくりしゃべるという独特の話し方です。これは文化を問わず見られる現象です。こうした話し方は子どもの注意を喚起し、音声、言語に関する学習を促進するといわれています。

佐倉:これも人間が、進化の過程で身につけた能力ですね。

明和:ただ、私が大事だと思うのは、なぜ赤ちゃんがマザリーズに持続的に注意を向けるか、という点です。注意が持続するのは、赤ちゃんがその音声に心地良さ(快の情動)を感じているからだと思います。何かにおびえたり、驚いて注意を向けるときとは、はっきりと異なっているはずです。

佐倉:それぞれ脳内の別の部分が関わっている、と。

明和:違う部分ですね。ただ、快の情動は脳内のさまざまな部分が絡んでいるので、どこがと判断するのはなかなか難しいです。ヒト以外の動物は心地良さのシグナルとしての笑顔を表出することはありませんから、ヒト以外の動物で研究することも困難です。

佐倉:70年代後半ぐらいにオランダの動物行動学者ヤン・ファン・ホーフが「笑いの系統発生」を研究していましたが、その後この流れは途絶えてしまいました。やはり研究を続けるのが難しかったんでしょうね。

ロボットに愛着を覚える是非

明和:発達心理学では愛着とかアタッチメントと表現しますが、幼少期からロボットに囲まれて育った子どもは、もしかするとロボットに対するある種の内部モデルや、愛着を形成するかもしれません。

佐倉:ロボットに愛着を持つようになったら、何が問題なのでしょうか。ロボットに愛着をもつとヒトには愛着がもてなくなるんだとすれば、それはまずいでしょうが、ヒトとロボットの両方に愛着を持つのは、そんなに悪いことではないような気がします。

明和:子どもは、イヌとお母さんは違う反応をするという内部モデルを学習していきます。だから、イヌに囲まれて育ったとしても、その子がイヌをお母さんだと認識することはない。ところが、ロボットなのに妙に人間に似た身体を持っていて、変にヒトに似せてしまうとどうなるか。

佐倉:子どもが混乱しかねない、と。その結果、本来母親に対して持っている信頼モデルが揺らいでしまう恐れがあるわけですね。

明和:そんなことが起これば、大変危うい気がします。タブレット端末に愛着を持つぐらいなら、何も問題はないのです。これは形状そのものが、母親とは明らかに別のモノですから。

佐倉:ただタブレットばかりを相手にして、対人関係が少なくなると、コミュニケーションスキルは落ちるでしょうね。いろいろなヒトと接するのが苦手になるというか。

明和:初対面のヒトに対しても、ある程度の予測が立たないとコミュニケーションはスムーズに図れません。見ていると大学生のコミュニケーションスキルは、明らかに落ちているように感じます。

コミュニケーションスキルを測定する

佐倉:コミュニケーションスキルを、何かの尺度で測ることができるのでしょうか。コミュニケーション障害などについては、その程度を測る指標がありますよね。

明和:質問紙で測る手法がほとんどですね。新しいところでは、モーションキャプチャーでもある程度わかるようになってきました。例えば、うつ傾向のお母さんと子どものインタラクション時の両者の運動パターンや生理状態の同期性を可視化します。すると、そのパターンの異質性が検出できるのです。

佐倉:そのようなお母さんに質問紙や口頭で尋ねても、なかなか本当のところはわからないでしょうね。

明和:ええ、多くの場合、「お母さん、大丈夫?」「育児に疲れていない?」と聞けば「大丈夫」と答えるに決まっていますから。ところが体の動きや生理状態を測ってみれば、一発で見抜けます。身体の反応は嘘はつけませんから。隠れ幼児虐待などのリスクを防ぐために、乳幼児健診の際に子どもだけでなく、母親の心身面もチェックするシステムの開発に取り組んでいます。

佐倉:エモーショナルな反応を言葉ではなく、体の動きを通して見る。これは画期的なシステムですね。

明和:そういうことが可能となる時代が来ていると思いますね。

佐倉:ただ、母親がうつの傾向があるとわかったからといって、はたして直ちに介入していいのかどうか。介入するべきだとしても、誰が、どのタイミングで、どのように介入するのか。これは難しい問題です。

明和:おっしゃるとおりです。しかし、極端な意見かもしれませんが、私は、子どもという存在は何が何でも絶対に守らなければならないと思っています。そのためにも、とにかくリスクは特定しなければならない。世界中からデータを集めて機械学習にかければ、環境、遺伝子などさまざまなリスク要因も浮かんでくるはずです。

佐倉:そういったさまざまな要因の状態を測定することが、技術的には十分できるレベルまですでに来ているのですね。

明和:今は自動車自動運転などでも使われているレーダーなどを使って、対人場面での体の動きをコードレスで可視化できる時代です。インタラクションを可視化できれば、いろいろな知見が得られるはずです。

ヒトの本質、身体性とは何か

佐倉:ここでロボットの身体性について考えてみたいのですが、明和さんのおっしゃっていた中に、同じことを繰り返すから信頼関係ができるという話と、ちょっと違うことをやるから信頼性が持続するという両方の話がありました。その両者の微妙なバランスの上に成り立っているのが、ヒト=イヌとか、ヒトとヒトとの関係だという御説明でした。

明和:人間の赤ちゃんって、すごいんですよ。例えば1歳半ぐらいで、まだ言葉もわからないのに、眼の前にいる大人が何か失敗したら笑うのです。相手の失敗を「おもしろい」と感じる、もう少し突っ込むなら、自分の予測と少しずれたことが起こった時に面白さを感じる。これは人間の本質の一つではないかと思います。

佐倉:確かに、そういうときにはチンパンジーは笑わないでしょうね。

明和:昔、チンパンジーにマジックを見せる実験をしたことがあるんです。

佐倉:それはまたおもしろそうな実験ですね。結果はどうでした?

明和:マジックを見せても、チンパンジーは瞳孔がやや開くぐらいで笑いませんでした。でも、ヒトは明らかに笑う。これはミラーニューロンの働きだけではなく、目の前で起こった現象を前頭葉で理解する能力があるからです。

佐倉:状況をメタ認知する力があるということですか。

明和:前頭前野は、ミラーニューロンを抑制し、自分の心の状態は他人のそれとは異なることを理解することを可能にします。

佐倉:そんなことが1歳半ぐらいででき始めるんだ。なるほど、やっぱり人間ってすごいのかもしれない(笑)。

明和:1歳半には指差しとかを始めますからね。自分が見てほしいものを指差して、相手が見てくれたら指差しをやめる。自分が興味を持っている対象に、相手が気づいてくれたとわかるのです。

胎児の研究とロボット

佐倉:明和さんはロボット開発のプロジェクトにも関わっているでしょう。ロボット学者たちと共同研究をする目的や動機は何なんですか。

明和:「実際に作る」ということによって、心の起源、プリミティブを知りたいと思ったのです。二十歳すぎぐらいから霊長類研究所でお世話になって、チンパンジーとヒトの違いは、何となくわかるようになってきました。当時のラボでは、チンパンジーがこんなにすごいことができるんだという見方をしていたのに対して、私は、賢いといわれているチンパンジーでさえ、ヒトとはこんなに違うんだというのが面白いと感じていました。ちょうどその頃にミラーニューロンが発見されて、そのうちエビデンス・ベースドでヒトの心の特異性が説明できるかもしれないと思ったのです。

佐倉:とはいえ、ヒトの脳に電極を刺したりはできない。

明和:その通りです。でもヒトが持っている特別な能力は、生まれつきなのか、それとも学習・経験によるものなのかを知りたい。そこで新生児や胎児の研究を始めた結果、どうも胎児期から能力があるみたいだとわかった。

佐倉:けれども、それをさらに精密に観測するのはとても難しそうですね。

明和:胎児を対象にする場合、私のアプローチではエコーで行動を観察するらいしかできませんから。そこで思いついたのが、ロボットを作り、動かしてみることでした。ロボットを通じて、擬似的に能力の創発を知ることができるのではないかと考えたのです。ロボットという身体を備えたものを実際に作ってみると、自律的に、自発的に、人間っぽい動きが出てくるのではないか。そんな期待がありました。

佐倉:それはいつごろですか。

明和:30代前半の頃です。ところが、自立・自発するロボットを実際に創ることはそう簡単ではなかった。そこで気づいたのが内臓感覚です。ロボットには内臓感覚がない。そして自分のもっている身体は今こういう状態なんだとモニターすることもない。要するに自己内省的な情報処理ができない限り、知性の創発は起こらない。これが、この5年ぐらいで到達した結論です。

佐倉:繰り返しになるけど、やっぱり人間はすごいということですね。

明和:ヒトの赤ちゃんって、本当にすごいなと。そして何よりすごいのは、ヒトが進化の過程で適応してきた環境がもたらす力、ですね。なぜヒトはマザリーズするのか、どうしてヒトの親はこれほど敏感に子どもの心の状態を読み、積極的に関わろう、教えようとするのか。進化って、ほんとうに見事だなと。ただ、私たちホモ・サピエンスは、今この地球上に偶然生き残っているだけですけど。

佐倉:それが親子のインタラクションのモーションキャプチャー計測というアイデアにつながるのですね。身体性のインタラクションを具体的に見る。

明和:おっしゃる通りです。親と子をセットで見ないとヒトの脳の発達は理解できません。だからインタラクションの可視化、エビデンス・ベースドの介入への挑戦はこれからの課題だと思っています。

(vol.3につづく 【4月17日更新予定】)

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