Googleがロボットベンチャー企業を次々と買収していることが話題になっている。2013年12月のNewYorkTimesによる報道記事から始まったものだ。プロジェクトを率いているのは以前はAndroid部門のトップだった、アンディ・ルービン(AndyRubin)。日本発の「脱東大(元・東大助教二人が立ち上げメンバーだった)」ベンチャー株式会社SCHAFTも買収された。SCHAFTは買収発表直後に行われた、DARPA(アメリカの国防高等研究計画局)主催の災害時に人間の代わりに現場で初期対応できるロボット開発を目指すロボコン「DARPARobotics Challenge」で予選一位通過を果たした。これは事前の下馬評どおりの成績だったのだが日本国内では投資ファンドが見つからず、Googleに買収してもらったということだったようだ。
日本は「これからはロボットだ」と言われ、経済産業省や厚生労働省も総務省も、それぞれの立場からロボット実用化を推進していると言われてきた。しかしながら実際の活用は遅々として進んでいない。そこにGoogleがどんどんロボットベンチャーを大人買いしはじめた。現在のGoogleは収益の多くをオンライン広告のAdWordsから上げているが、もともとは人工知能の会社であり、ロボットは人工知能の一分野である。Googleが「GoogleX Lab」という呼称で自動運転やAR眼鏡など様々な先端研究を実施しており、そして市場は「これからはロボット」なのだから、一連の買収は当たり前の動きだとも言える。たとえばAmazonは2012年に倉庫内物流用ロボット企業のKivaSystemsを買収している。だが少なからぬ人たちは本気で「これからはロボットだ」とは思ってなかったのだろう。だから話題になっているわけだ。インターネットの普及が始まったときにも、「これからはインターネットだ」と言っている人たちは実際には少数派だった。
私は、Googleがどのようなビジョンを提示して彼らを口説いたのかが気になる。米国ではベンチャーの出口が買収されることだ。とはいっても、独立独歩の気概を持つ彼らが買収に同意するのには、金額だけではない、それなりの納得できる理由があったはずだ。「この船に乗らない手はない」と思わせる何かを提示したと考えるべきだろう。少なくともランドマークは示しただろう。それは何だったのだろう。配送事業などの軽作業から月探査まで、多くの人がGoogleによるロボット応用をあれこれ推測している。おそらくその全てがあたっている。
実際にどんな応用をGoogleが考えているのかは分からないが、今後も基礎研究がかなりの長期間続くことは間違いない。いっぽう、出せるものはどんどん出てくる可能性も低くない。集められた人たちがどんなモノを出してくるのか実に楽しみである。取りあえずいったん、Googleが買収したロボットベンチャーがどんな会社だったのかリストアップして、一つずつ見てみよう。
まずはBoston Dymamics。2005年に発表された「BigDog」や2012年「Cheetah」、その改良版「WildCat」などの脚式ロボットの動画で一般にも広く名前を知られるに至った企業である。DARPAを主な顧客として、毒ガス用スーツのテストベッド用ヒューマノイド「PETMAN」、それをベースにしたヒューマノイド「ATLAS」などを開発している。「ATLAS」は前述の「DARPARobotics Challenge」で基本プラットフォームとして採用された油圧駆動のヒューマノイドである。同社はMITのマーク・レイバート(MarcRaibert)によって1992年に創業。もともとは実機よりもソフトウェア、特に動力学シミュレーションなどをベースに研究開発を行う企業だった。ソニーがAIBOを展開していた頃には、共同研究も行っていた。
株式会社SCHAFTは2012年5月に創業。東大稲葉雅幸研究室の助教だった中西雄飛氏と浦田順一氏の二人が開発した技術をベースにロボット技術を使ったビジネスを展開することを目的として設立された。二人は現在、それぞれCEOとCTOである。彼らの技術は大出力モータードライバーだ。モーターの温度挙動モデルを用いて、必要な瞬間だけ大電流をながすことができる。つまりモーターを焼き切ることなく一瞬だけ十分なパワーを出せるモータードライバーである。モーターに安定性とパワーを持たせることで踏ん張ったり、重いものを運搬できるロボットアームを開発することができるという。
Industrial Perceptionはロボット用ミドルウェア「ROS」を世界的に展開していたWillowGarage社のスピンアウトで、2012年3月に設立された。産業用ロボット用の3次元認識技術、動作計画の会社である。たとえばロボットアームを使って、周囲の環境と干渉せずに、乱雑な段ボール箱を積み上げていったり、色々な物体の中から特定のものだけをピックアップさせるといった動作を自動生成できる。
Meka Roboticsは、上体だけのヒト型ロボットなどを研究用プラットフォームとして開発していた会社。MITでロドニー・ブルックス(RodneyBrooks)の研究室に所属していたAaron Edisingerと、同じくMITにいたJeffWeberの二人によって設立された。外力を受け流すことができ、人間用の道具を扱うことができる、人と協調することができるロボットの開発を目指していた。また一部のロボットには「モバイル・マニピュレータ」という名前が付けられていた。おそらく同社のロボットは少し賢い電動工具のようなイメージで開発されていたのだと推測する。この市場はこれからの成長が期待されている。
Redwood Roboticsは、そのMeka Roboticsと前述のWillowGarage、そしてSRIのジョイントベンチャーだった。2012年には、2013年中に、簡単かつ安価な、人のそばで人と恊働するロボットの出荷を目指していると報じられていた。
Holomniは、移動ロボット用の無指向性車輪の開発を行っていた会社である。元々はWillow Garage社のBobHolmbergが所有していた。彼らの技術はMeka社のロボット台車にも採用されていた。
Bot & Dollyは、モーションコントロール・ロボットカメラ、移動ロボットカメラのクリエイティブ・エンジニアリングプロダクションである。同社のロボットは映画『Gravity(邦題はゼログラビティ)』の撮影で使用された。また同社のロボットアーム「IRIS」「SCOUT」と、「BDMove」という同期ソフトウェアを使った「Box」と呼ばれるプロジェクションマッピング作品はYoutubeでも閲覧できる。
Autofussは、Bot &Dollyのロボットなどを使って広告映像を製作する会社だ。6軸ロボットアームを使ってナイキやアップルなどのCMを製作しているという。
Nestはスマートサーモスタット「Nest Thermostat」、スマート火災報知器「NestProtect」の会社だ。CEOはiPodの発案者でアップルのiPod部門担当上級副社長だったトニー・ファデル。同社を32億ドルでGoogleが買収したことは、スマートホーム市場にGoogleが興味を持っていることの現れとして受けとめられたが、同社にはロボット研究者もいる。
なお、何度も名前の出てくるWillowGarage社についてももう少し補足しておく。同社は「eGroups」の創業者でGoogleの初期メンバーでもあったスコット・ハッサン(ScottHassan)によって2006年に設立された。2本腕を持つパーソナルロボット「PR2」を開発、研究用プラットフォームとして東大そのほか世界の優れた大学研究室に配布し、そしてロボット用ミドルウェアROSをオープンソースで開発・活用を推進していた。潤沢な資金を持つとされていた同社だったが、2013年2月、「資金調達モデルを変更する」というリリースを出し、解散かと話題になった。その後2013年夏には、同社社員の多くがテレプレゼンスロボット「Beam」を開発しているSuitable Technologies社に移動すると発表された。なおSuitableのCEOもスコット・ハッサンである。Suitableは今後、研究開発よりも製品開発にシフトするとされていたが、2014年1月には10万円台のテレプレゼンスロボット「Beam+」の予約受付を開始した。
さて、これらをざっと見ると、まず一つ、ロボット業界はまだまだ狭いことに気づく。ほぼ知り合いの知り合いくらいの関係だけで完結している。そしてもう一つ、Googleのロボット企業買収の目的は一つではないことも自明だろう。Bot& DollyとAutofussの事業はおそらくこれまで同様、エンターテイメント作品の製作の範囲だろうし、MekaRoboticsやRedwoodRoboticsの事業については、今後、様々な領域に進出すると考えられる人恊働ロボットの開発だろう。BostonDymamicsとSCHAFTの技術は、不整地など予想外の外力が加わる可能性の高い屋外、あるいは半屋外のような状況下でロボット技術を活用するために用いられるのだろう。そしてGoogleによる買収はまだまだこの先も続く。
どうなるかは分からないが、一つだけ付け加えておく。技術は、より先進的なものへと進めることだけが全てではない。技術的にはそれほど高くなっていなくても、既存技術を大規模に展開することだけでも、これまで見えていたのとは全く違った市場が生まれることがある。そしてGoogleのような企業は、そういう大規模展開が得意だ。何にせよ、日本企業や研究所大学も負けずに頑張ってもらいたい。
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