三越伊勢丹ホールディングスは2014年正月に売りだす「福袋」として、3Dプリンターを使って1/10の家族フィギュアを作るサービスを売り出すと発表した。家族の写真集付きで、たとえば赤ちゃんがいる6人家族で60万円だという。このように、2013年は3Dプリンターのブームが起きた。製造現場のみならず一般向けとしても注目されている。
いまさらながら確認するが、3Dプリンターは少量の品を生産することに適した製造手法である。そのため個人向けにカスタマイズされるものの製造に向いていると言われている。「個人向けにカスタマイズされるもの」とは何なのか。いろいろ言われているが、もしかすると「コロンブスの卵」のように多くの人が見落としている、だが思いついてしまえば当たり前の「何か」が、ここに隠されているような気もして、この言葉を聞くたびに心がざわざわする。
それはそれとして、今回は広く「個人向けにカスタマイズされるもの」として共通理解ができている、3Dプリンターの医療応用について紹介しておきたい。まだまだ発展途上だが、それでも急速に医療現場のあちこちで革新的な使われかたが始まっている。いくつか具体的な事例を紹介しよう。
京大iPS細胞研究所の妻木範行教授と東大の高戸毅教授らは共同で、耳の軟骨の型を3Dプリンターで作り、そこにiPS細胞を注入して耳を再生するという研究を2013年秋から始めている。10年計画で臨床研究を実施するという。主に生まれつき耳が小さい症例が対象で、正常なほうの耳をCTで撮影して3Dデータを作製。ポリ乳酸を材料にして軟骨の型を作製する。周囲の自分自身の細胞や組織に働きかける人工骨は「骨誘導性人工骨」と呼ばれ、注目されている分野だ。
東北大学金属材料研究所の千葉晶彦教授らの研究グループは、電子ビーム積層造形装置を用いた金属用3Dプリンターで原子の配列を一方向に揃えられることを発見した。材料に使ったのは人工股関節等に用いられている医療用コバルト-クロム合金だ。これは現在はほとんど欧米から輸入している人工関節を、国産オーダーメイドにすることができる技術に繋がるものだという。またジェットエンジン用タービンブレード等の製造にも繋がる。
山形大の古川英光教授は、精密加工会社のサンアロー株式会社等と共同で、3Dゲルプリンターの開発を行っている。用途は人工血管や手術前の検証用臓器モデル、再生医療向けの細胞培養用のスキャフォールド(足場)だ。既存のウレタンなどを材料にした人工血管と違って、血小板がつまりにくい利点があるという。古川教授は山形新聞の取材にこたえて「数年のうちに、自宅のプリンターでカラーコンタクトレンズやソフト食品が印刷できるようになる」とコメントしている。また12月21日に行われた「ニコニコ学会β」では透明な形状記憶ゲル「T-SMG」のビデオのほか、3Dゲルプリンター「SWIM-ER」を紹介。ゲル状の物体をスキャンしてデータ化、そしてまたゲルプリンターでコピーして出力する「ゲルDup」という概念を提唱していた。
藤田保健衛生大学病院の奥本隆行准教授らは、形成外科手術の前に、患者にどの骨をどう削るのかといった説明を行うために3Dプリンターを用いている。実際にスキャンしたデータを元に患者本人の骨模型を製作して使う。材料は驚くべきことに塩化ナトリウム、つまり「塩」である。患者からも好評だという。従来の光硬化樹脂を使うよりも安価で、しかも2008年以降は保険適用にもなって金銭的ハードは下がった。質感も骨に近いという。
歯科治療分野でも3Dプリンターは使われている。「セレック」というセラミック製の歯の詰め物だ。これまで歯科技工士に外注していた作業が院内で当日に行えるようになり、1時間半程度で行えるようになった。従来の詰め物よりも精巧に作りこむことができるため密着感も高く、詰め物下での虫歯抑制効果が期待出来ること、そして金属アレルギーの心配がない点も売りの一つだ。
乳ガンでの乳房切除とその後の再建でも3Dプリンターが活躍中である。京都大病院形成外科の吉川勝宇助教は、切除しなかった部分の乳房形状を反転したものから模型を作っている。これによって切除後も、バランスの整った左右対称の乳房を作ることができるという。従来は生理食塩水を使った人工物でまずバランスをとって、後に人工乳房に入れ替えていたが、このときの水の量は医師の経験と目分量で決められていたという。
アメリカのミシガン大学Glenn Green教授と協力者のScottHollister博士らは、重症の気管気管支軟化症の赤ちゃんを、3Dプリントした「人工気道」で救うことができたという。生体適応プラスティックを使ったステントで、100個の部品からなる小さいチューブを出力して、気道にレーザー手術で埋め込んだ。
中国では、杭州電子科技大学の徐銘恩(XuMingen)教授らによって腎臓の3Dプリントが研究されている。水やハイドロゲルを使ったもので、プリントされた細胞は4ヶ月間生存できるという。カリフォルニア州サンディエゴにあるOrganovo社では、肝臓の再生に取り組んでいる。今はまだ厚さ0.5mm、幅4mm程度の小さな肝臓だが、今後は普通サイズの肝臓をつくり出すことを目指す。特に3次元の網の目のような血管を3Dプリントでつくり出すことが重要だという。
このように3Dプリントは、人工臓器、人工血管などの作成、再生医療用の細胞培養足場、手術の予行や患者への説明補助、学生が使う教材、そして審美的な側面での活用など幅広い分野で大いに活用され始めている。Gizmodeの「医療用3Dプリンターのテクノロジーのいま、どうやって目や骨や血管をプリントしているの?(動画あり)」という記事には「バイオプリンティング」の動画などがまとめられていて興味深い。医療分野は認可産業のため参入障壁が高いが、今後は意外な分野からの参入があり得るかもしれない。未来の医療分野に期待したい。
------
ホームページ
http://moriyama.com/