9月18日(水)~20日(金)に「国際福祉機器展H.C.R.2013」が行われた。高齢化社会の到来に伴って、医療機器産業を含めた福祉・介護機器のニーズは年々高まり、新たなボリュームゾーンとなりつつある。経済産業省と厚生労働省の連携も始まっており、2012年に「ロボット技術の介護利用における重点分野」を策定し、技術による介護現場への貢献や新産業創出が掲げられている。具体的なターゲットは、移乗介助、移動支援、排泄支援、見守りとなっている。2013年5月には「ロボット介護機器開発・導入促進事業」の採択事業を決定し、23億9000万円をかけて事業を進めようとしている。
今年の福祉機器展でも、上記4領域での新商品や参考出品が多かった。よくメディアで取りあげられているのは移乗介助ロボットや移動支援ロボット、あるいは既存の人用リフト技術だが、今回あちこちのブースで目立っていたのは排泄支援機器と、その注目度の高さだった。前々回あたりから出展が増えてきた自動で便を吸引し洗浄まで行う装着機器のほか、特に多くの人が注目していたのが、ベッドサイドに置くタイプの洗浄機能付きポータブル水洗トイレである(例:http://www.toto.co.jp/products/ud/index.htm)。「介護を必要とする人ほど、お尻の洗浄機能は必要だ」という。家具調トイレの「シャワピタ」を販売しているアロン化成株式会社のアンケートによれば、ポータブルトイレ使用者の7割は毎日入浴することができないそうだから、確かにそのとおりだろう。
そもそも洗浄機能付きトイレは元々、介護機器だったのである。1964年、米国のアメリカン・ビデ(AmericanBidet)社によって開発された、痔の患者を想定した医療用便座が最初の洗浄便座である。当初は「Wash AirSeat」という商品名だった。数年後、TOTOが特許を取得。当時はかなり欠陥も多かったそれを日本国内で改良を続けつつ一般用途に転じて、快適さから普及して来た。1980年に発売された温水洗浄便座「ウォシュレットG」は、日本機械学会によって機械遺産にも登録された。普及に比較的時間がかかった一方で、洗浄機能付き便座は「使い始めるとやめられない」と言われている。だが、介護専用の商品はなかった。それがまた介護用途へと戻って来たのだ。
この背景には単に必要だというだけではなく、洗浄機能付きトイレの既存ユーザーが介護される年齢へと入って来たということもあるのだろう。一度、「快適さ」を知った人は、できるだけその「快適さ」を維持したがるものだ。介護用途の製品でもそれは同じである。ベッドサイドに置く場合、水の供給をどうするかといった課題はある。タンクで水を供給するタイプもあるが、配管しようとなると費用はそれほど安くはすまない。しかしながらおそらく今後、介護用のポータブル洗浄機能付きトイレはどんどん普及していくものと思われる。
経済産業省等の言い方によれば、医療機器は輸入超過で、いわゆる「日本のモノ作り」がじゅうぶんに活かされてない領域だと言われている。だが日本発となり得る技術もあるのだ。この洗浄便座の普及ストーリーには、現在開発が進められている他の介護機器も学ぶべきところが多いのではないだろうか。おそらく、ひたすら介護用として洗浄機能付きトイレを開発し続けていたら、逆に、多くの人が高齢者になっても洗浄機能付きトイレを使うことはできなかっただろう。
介護ロボットの類は一般に運用維持コストも高く、その割には作業速度が遅い。しかも安全性を考えると素早く動かすのは難しいなど根本的な課題を抱えている。また、人あるいは家族・家庭によって介護のニーズは多種多様なのだが、それらに合わせることも難しい。だからまずは各人が個別に使うものよりもまずは施設内の設置設備として導入を図ろうとしているものの、使ったことがない機器は、運用する側にも戸惑いが少なくない。はっきりと誰が見ても分かるほど役に立つものであればまた話は別なのだろうが、それほどの企画はそんなに簡単には出てこない。だからまずは目線を変えてみることが必要なのではないかと思う。そのためのターゲットは、おそらく要介護の人たちではないのかもしれない。
福祉機器展の会場内を歩き回っていて、もう一つ気がついたことがあった。要介護になる手前、それも病院などが考えるよりもずっと手前の、「健康な高齢者」向けのサポート器具が案外少ないのである。「介護機器を使ってみたら」と言われると嫌がるが、サポート機器程度であれば試しに使ってみようという気になってくれるかもしれない、そんな年齢の人たちである。ちょうどそのくらいの人たちを対象にした機器は、すっぽり抜けてしまっているのかもしれない。彼らはメーカーからも、実際に「必要」にならない限り、なかなか購入までは踏み切らないだろうと考えられているのかもしれないが、これだけ高齢者が増えてくると状況は変化してくるのではなかろうか。
要介護にしないための器具は、ごくごく簡単なものでもいいのだ。例えば、室内に設置する「手すり」の類も多数出品されているものの、それらの多くは平成に建築された新しい建物に設置することを暗黙の前提としていた。だが現実の高齢者は昭和に建てられた木造建築に住んでいる。そもそもバリアフリーという概念がない時代の建築なので、屋内高低差も段差も多い。例えば、今の新しい家ならバルコニーに出るのもオシャレなフルフラットなので簡単だが、古い家を見ると、ベランダへの出入り口がずいぶん不便なところについている。しかもそういうところが日常的には洗濯物干しに使われていたりするのは本当に良く見る風景である。ビッグサイトの6ホールを全て使うほどの大規模な展示会であっても、大したスペースもないそんなところに怪我予防用の手すりなどを追加しようと思ったときに、ぴったり適するものが見当たらないのだ。
本当は、こういうところにこそ、最近ブームの、個人によるモノ作りや、中小企業による細かいニーズに対応した多品種のモノ作り技術が活かされるべきではないだろうか。だが、いまのところ介護福祉機器作りにいわゆるメイカームーブメントが貢献する例は少ないようだ。
しかし最近、日本国内ではないのだが、一つ面白い例を見つけた。「振戦(しんせん)」と呼ばれる手がブルブルと震える症状がある。パーキンソン病をはじめとして、多くの原因でこの症状は出る。なかには原因が分からない本態性振戦と呼ばれるものもあり、国内の推定患者数は400万人以上だという。橋や茶碗を持った手も震えるため、食事にも障害をきたす。これを、スタビライズするスプーンを開発している会社が「LiftLabs」である。スプーン先端部分と持つ部分とが分離していて、先端の揺れを安定化させる。70%揺れを抑えることができるという。先端部と基部は簡単に分離して持ち運ぶことができる。先端部分は洗浄もできる。
技術的には要するに「手ぶれ補正」である。だが、このような使い方があるのかと驚かされた。おそらくこれと同じように、まだまだ色んな活用法がある技術を、我々は既に持っているのではないだろうか。単に使い道を思い至ってないだけで----。
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