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森山和道のインサイト・コラム(4)
中小企業とメイカーのマッチングのあり方

サイエンスライター 森山和道
2013.08.01

ロボット業界では、ときどき「ロボット特区」というものが設定される。最近では神奈川県に「さがみロボット特区」ができた。「ロボットの実用化や普及を促進するとともに、生活支援ロボットの実証環境を充実させるため、関連企業の集積を進めます」とある。しかしながら、たとえば、ロボットの路上での実証実験などが行えるというメリットはあるものの、地域自治体が期待する「産業振興」はなかなかうまくいってない。

自治体は確かに産業振興を期待しているし、そのつもりなのだろう。地域の中小企業も「仕事がもらえるのではないか」と期待して一度は集まる。そしてキックオフシンポジウムは、スーツ姿の男性たちでいっぱいになる。だが、集まった顔を見ると、いまひとつ浮かない顔をしている。いかにもピンと来ていない顔ばかりが並んでいることが多い。それはそのはずで、実際に彼らのところに直接仕事が降ってくるような具体的メリットが、その手のシンポジウムからは何も見えてこないからだ。特区になったからといって、即座に仕事が増えるわけではない。

自治体側は、中小企業自らが積極的に開発に乗り出して、どんどん盛り上げてもらいたいと期待していることが多いようだ。しかし、これまでそんな仕事の仕方----すなわち、自分たちから研究開発をして商品を生み出していくような商売----を全くしていない企業に、いきなり、しかもカテゴリすら存在しないモノを作るのは無理というものだ。そもそも「町工場」の多くは「待ち工場」と揶揄されるくらいなのだから。

たまに、ちょっと変わったモノを作ってみせる企業は出て来るのだが、それが売れた、あるいはせめてそれを作ったおかげで飛躍的に知名度が上がったという話も聞かない。うまい話はそんなにない。その結果、立ち上げ数年後には「ダメでした」と本音を漏らす人たちが多数、という状況になる。特区とは言わなくても、似たような振興策を実施して、似たような顛末を迎えている地域は少なくない。分野もロボットに限らないことは言うまでもない。

もちろん、町工場や中小企業が日本のものづくりを支える、巨大なリソースであることは言うまでもない。「メイカー革命」なる個人製造業業界がこれから盛り上がるとすれば、この巨大な資源をうまく活用しないのは実にもったいない話である。製造業に乗り出したい個人も、町工場も、お互いにだ。何もみんなが3Dプリンターばかりを必死で使おうとしなくても良いのである。色んな素材を色んな製造方法で扱うプロは既にいっぱいいるのだから。

だが、両者の接点は今のところそれほど多くはなく、スムーズな取り組みはまだ少ないように見える。町工場の人たち側にも、「メイカー=ものづくりが好きな個人」たちにも、広く公開されたインターフェースが少ない。そのため、付き合いがある人たち同士のツテを頼ってやりとりしては発注するといった実にアナログな形が今も本流だ。これからもそうかもしれない。だが、ここにもし両者をスムーズに繋ぐプラットフォームができたらどうだろう。互いに大いに活性化するのではなかろうか。もし、これからも「メイカー」革命なるものが続くのであれば、間違いなくそうなるはずだ。

むろん、メイカーといっても内訳は様々だ。純粋に個人の趣味の範囲で作ることだけで満足な人もいるし、イベントに出展し理解し合える仲間達と共有することで楽しむ人たちもいる。だが中には、趣味の枠を超えて、事業へと拡張していこうとする人たちもいる。日本でもこのグループに属する人たちが徐々に増え始めている。ハードウェア・ベンチャーと呼ばれる起業家たちだ。モジュール化されたハードウェアやソフトウェアを組み合わせて、新たなデジタル家電などを生み出している人たちで、最近は、開発者であると同時にユーザーでもある彼らが開発する機器を「UGD(user generated device)」などと呼ぶこともある。メディアでの注目も熱い。既存製造業が、もしかしたら化けるかもと思って遠巻きにしているのもこの辺りだろう。

だが町工場側から、こういう流れに乗っかろうという動きはあまりに少ない。もともと、ものづくりのプロ中のプロであるだけに、逆に、プライベートなのか仕事なのかも分からないような領域には手を出しにくいのかもしれない。そもそも町工場で働いている人たちがみんなものづくりが好きなわけでもないのだから、当然といえば当然だ。しかし、ナチュラルに様々なものを作ってしまうような人も町工場の中にはいる。その彼らの力をもっと引き出しやすくする、アクセスしやすくするような仕組みがあったほうが良いのではないかと思うのだ。

そうすると、どんなものができるだろうか。色々な可能性があると思うのだが、例えば、こんな例もある。学研「大人の科学マガジン」というふろくつき雑誌の話だ。7月末に発売する号では「新型ピンホール式プラネタリウム」がふろくとして付く。ピンホール式にしては、なかなかの星空を映し出すことができる。このふろくは「プラネタリウム・クリエイター」として著名な大平貴之氏が原板を作っている。大平氏は、もともとは個人としてプラネタリウムを作っていたが、起業後は世界中にスーパープラネタリウム「メガスター」そのほかを販売している。

「大人の科学マガジン」で以前販売された「ピンホール式プラネタリウム」は50万部を超えるヒットとなった。今回新たに発売されるふろくでは、光源の電球を特注し、よりリアルな星が映し出せるように工夫されている。特注された電球を製造したのは細渕電球株式会社という中小企業で、ふだんは医療用や鉄道用などの特殊な電球を作っている。

ふろく本体の製造は中国で行われている。だが、極少フィラメントを使った電球だけは日本製なのだ。中国製ではダメだったのである。つまり、クリエイターの熱意と、中小企業の技術、そして学研の企画力や集客力・マーケティング能力、そして中国の大量生産の製造力などが合わさった製品なのである。今では大なり小なりどんなものでもこんな感じだろうが、これは分かりやすい例だと思う。そして、メイカーと中小企業のコラボレーションのあり方としては、こういう形が取りあえずは望ましいのではないだろうか。

似たような例は他にもある。ホビーロボットの世界では、もともとホビーストが趣味として作っていたロボットが、ラジコン用のモーターを作っていた中小企業によってブラッシュアップされ、製品化された例がある。つまり、「製品開発」の手前の「研究開発」のコストを、個人が担ったわけだ。

前述のようなメイカーと中小企業のマッチングをスムーズなかたちで行う場は、同時に、マーケティングや集客も行える場であることが望ましい。これからのメディアの役割はここにあるのかもしれない。

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