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てら子屋コラム

【冬の巻】カタツムリの王国
沖縄・珊瑚舎スコーレ 盛口 満
「すげーっ、いっぱい」
 拾いあげてみて、あらためてそんな声があがる。
 那覇市街では最大の緑地、末吉公園に学校の生徒たちと出かけた。車で片道二〇分。一時間半の授業時間の中では、公園を散策できる時間はそう長くない。南国沖縄も冬ともなれば、虫の姿もあまり見ない。だから、この日のフィールドワークは的をしぼることにした。
「はい、ここで止まって」
 ヤブニッケイやイヌビワの仲間などの樹々がおい繁る、公園内の林の小径。立ち止まった場所は、一見、特に注目すべきものがあるとも思えないところ。そのため生徒たちは、ちょっとけげんな顔をする。
「地面の上を見て。ホラ、カタツムリがいっぱい落ちているでしょ」
 そこで初めて生徒たちも視線を林床へと向けた。枯れ葉に混じって、たくさんのカタツムリの殻がゴロゴロと転がっている。
「沖縄南部はね、世界でも有数のカタツムリ産地なんだそうだよ。でも、それって何でだと思う?」
「暖っかいから?」
「湿り気が多いから?」
「エサが多いとか?」
 生徒たちから、そんな声が返ってくる。
「うん、そういうこともあるよね。カタツムリは暖っかかったり、湿ってたりするの好きだから。でも、他にもっと大事な理由があるんだ。ちょっとまわりを見わたしてみて。何が見える?岩があるでしょ」
「石灰岩?」
「そう、南部はこんなふうに、石灰岩地なんだ。それで、カタツムリって殻を作るのにカルシウムが必要なわけ。だから、沖縄に限らず、石灰岩地ってカタツムリが多いんだ。もっと身近で言えば、家の庭でもよくブロックの塀にカタツムリがはってたりするでしょ。あれもカルシウムと関係あると思うよ」
「そっか!」
 沖縄南部で暮らしていると、あたりまえすぎて気づかないことかもしれないけれど、この場所は石灰岩とカタツムリの王国なのだ。ただ、どのくらいカタツムリが多いのか、僕もちゃんと見たことはなかった。この日、生徒と公園にやってきたのは、林床のカタツムリの殻を数えるため。さすがに僕も、一人でそんなことはしたくない。
「じゃあ、一メートル四方に枠をはるよ。この中のカタツムリ、全部拾い上げてみて」
 それを聞いて生徒たちは笑い出す。確かに、妙な作業ではある。
 たった一メートル四方とは言え、落ち葉をかきわけカタツムリを拾うのに、僕を含めた総計八人でもそれなりの時間がかかった。
 拾いあげたカタツムリは、まずそれぞれ種類ごとの山にする。合計で七種類が見つかった。では総数だ。なんと、四七二個ものカタツムリが落ちていたのだ。(やっぱり、一人でやらなくてよかった)
「ねぇ、エスカルゴってこれの大っきくなったやつなの?」
 食いしん坊娘のソナがそう聞くので笑ってしまう。何にせよ、彼女は食べ物つながりで考えるのだ。
「おいしいの?」
クミもそんなことを聞いてくる。

 食用カタツムリとして、エスカルゴは著名だ。一度、別の学年の授業だが、エスカルゴの缶詰を買ってきて、調理し、食べさせたことがあった。
 もう、大騒ぎになった。
「生まれて初めて、カタツムリがノドを通る!」とか、「カタツムリって聞かなければおいしいかもしれないけど」とか、「オレは食えん」とか口々に生徒が叫ぶ。
「二度と授業に持ってこないで」
 そう言った生徒もいた。(缶詰といえどもかなり高価なので、そうそう食わせられるシロモノではない)
 それにしても、そんなに騒ぐものか?と思ってしまった。貝の缶詰じゃないか。
「えっ?カタツムリって貝なの?」
 ところが、よくよく聞くと、生徒たちはこう思っているらしい。
 カタツムリは巻き貝の仲間のうち、有肺目と呼ばれるグループの一員だ。ちなみに、ナメクジもこの一員。
 これまた生徒は、「ナメクジって何なの?カタツムリが殻を脱ぐとナメクジになるの?」なんて言って、僕をビックリさせるけれど。
 あらためて考えてみた。
 カタツムリは身近な存在である。誰だって、子どもの頃一度くらいはカタツムリと遊んだことがあるだろう。でも、そうした交流はほんの一時的なもの。やがて、カタツムリと遊ぶ時期を卒業すると、彼らとはほとんど没交渉になる。だからカタツムリに対するイメージも、「子ども時代の遊び相手」に固定化されている。例えば、食材とはなかなか思えないのだ。
 末吉公園でカタツムリ拾いをした時、その中に一つだけアフリカマイマイの殻が混じっていた。アフリカマイマイは、細長い殻を持つカタツムリ。その殻の長さは一〇センチを超える大型の種類である。
「アフリカマイマイ?アフリカから来たの?何で?」
 さっそく、そんな疑問が生徒から出た。
「食用や薬用というフレコミで持ってこられたんだよ」
 アフリカ原産のこのカタツムリは、世界各地の熱帯、亜熱帯に帰化している。
 知り合いのオバァに聞いたところ、戦前は箱に入れられて売られていたそう。ところが、それが高くて買えなかったという。が、やがてアフリカマイマイは逃げ出したものが野生化し、増加する。
「ゆでると、牛肉みたい」
 そう言うオバァもいた。アフリカマイマイはショクヨウチンナン(食用カタツムリ)と言う名さえあるのだ。沖縄では地域にもよるが、かつては畑地に棲むウスカワマイマイを汁にして食べる食習慣があった。決して、カタツムリは子どもの遊び相手だけのものではない。ただ、アフリカマイマイには、人に有害な寄生虫がいる。このため、現在では食用はおろか、さわるのも毛嫌いされるようになっているが。
 そしてむろん、人がどう思おうと、カタツムリにはカタツムリの生活がある。

「ねぇ、ゲッチョ、カタツムリってどうやって生まれるの?」
 末吉公園の林の中で、マリがそう聞いてきた。カタツムリの生活は、生徒たちにとって謎だ。
 僕は、それを聞いて周囲を見回した。ちょうど良さそうなところがある・・・
 林の中に顔を出している、石灰岩のカタマリ。表面がデコボコしていて、へこんでいる所には、浅く土がたまっている。そこを捜してみると・・・。あった、あった。直径五ミリほどの白い球状のものが、土に半ば埋もれていた。それをそっとつまみあげて、手のひらにのせる。
「ホラ、これがカタツムリの卵だよ」
「ヘー、卵なんだ」
「土の中に卵産むの?」
「そうそう。それでね、この卵はたぶん、もう死んでるものだから割ってみるね。うまくすると、中にカタツムリの赤ちゃんがいるかも・・・、と、ホラ、あった。これがそう」
 薄い殻を割ると、その中にべっこう色をした、ごくごく小さな殻が入っていた。何かの理由で孵化できず、殻だけが卵の中に残されたもの。そしてカタツムリは、卵から孵化した時から、こんなふうに小さな殻を背負っている。
「スゲー」とクミ。
「初めて見た」とソナ。
「殻持って生まれてくるんだねー」と、マリは何やら感激までしている。
「オス、メスはどうやって見分けるの?」
 マリがまた聞いてくる。
「雌雄同体だよ。交尾すると、お互いに精子を受け渡して、お互いに卵を産むんだよ」
 そう言うと、また皆一斉に「えーっ」と言って驚いた。
 生徒たちを前に、博士気分でいい気になっていた時だった。
「卵って、どっから産むの?」
 ソナにこう聞かれて、グッと詰まる。
「体の脇・・・じゃないかな」
 途端に答えがあやふや。カタツムリは確か体の脇のどちら側かに生殖口があると聞いたことがある。でも、僕はカタツムリの産卵シーンを見たことがない。

「いくつ卵を産むの?」
「いつ産むの?」
 そんな質問が他にも出るが、なにせ自分で見たことがないから、ハッキリ答えられない。
「うーん、カタツムリ飼って、卵を産ませてみたいかも」
 ついに、クミがそんなことを言いだした。しかも、どうやら本気だ。
「かわいいかも」
 クミと同じ下宿のソナまで賛同。
 カタツムリの生活の謎は、かくして高校生もひきつけた。

 翌週、せっかくなので、もう少しカタツムリについて授業で解説することに。
 参考資料に使ったのは、ある雑誌に載ったエスカルゴの交尾の観察記録。それを読む。
 エスカルゴは交尾に先立って、お互いに、恋矢と呼ばれる石灰質のヤリを体に刺し合うと書いてあった。その刺激が、交尾のキッカケになるらしい。
 授業が終わって、クミが僕のところに近寄ってきた。
「あたし、もうカタツムリ飼わない」
「へっ?」
「だって、飼ってて、そんなヤリとか刺し合ってるの見たらヤじゃない」
 うーん、それはそうか。
 謎はある程度、謎のままの方がよかったのかも。
 クミ、ソナにかわって、僕こそカタツムリを飼ってみよう。そう思う。
 なにせ、ここは沖縄。カタツムリの王国。
足もとにある自然を見てゆくことこそ、一番大事。そう思うから。
 でも、問題がある。
 生徒たちには黙っていたが、僕はナメクジやカタツムリのヌメヌメは好きじゃないのだ。殻はともかく、あの柔らかい体は・・・。

さて、どうなることやら。

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