FUTURE SCOPE

2019.02.15

多様性を追求する“アドレスホッピング”という生き方

アドレスホッパー・市橋 正太郎氏インタビュー

市橋 正太郎氏

 社会・技術・科学の未来を描き出すヒントを得るために、先進的かつ独創的な未来ビジョンを持った有識者へのインタビューを行う「未来スコープ」。
 第5回目の今回は、「自律社会」における人々のライフスタイルにフォーカスを当てる。HRIでは、一つの住まい方、働き方、生き方に限定されず、多様な生き方を同時に営むことが主流化すると予測している。そこで、“アドレスホッパー”として、固定の家を持たず、多様な住まい方を追求する市橋 正太郎氏に未来のライフスタイルについて話を伺った。

“最適化”とは、必要なものを必要な時に取り出せる4次元ポケット

 2017年12月頃から“アドレスホッピング”というライフスタイルをスタートしました。固定の家を持たず、様々な場所を転々と宿泊しながら、“移動に特化した生活”をしています。言うなれば、多拠点生活どころか、無拠点生活というわけです。
 アドレスホッピングをスタートしたきっかけは、転職した際、ストックオプションをもらう代わりに、給料が半分になったことです。当時、ソーシャルアパートメントというシェアハウスに居住していましたが、コミュニティが過渡期であったこともあり、丁度、転居を検討していました。色々と調べる中で見つけたのが、長期で1か月間住んだら、1日1,000円程度、つまり月3万円程度で住める鎌倉のゲストハウスでした。これならコスト面を気にせず生活できると思い、思い切って“家を捨てて”みました。
 アドレスホッピングを試してみたら、コスト面のみならず、実感面でも大きなメリットを感じました。それまで家賃12万~13万円プラス光熱費で15万~16万円程度を固定費として支払っていたわけですが、その多くを“移動と旅予算”に変換できることが分かったのです。つまり、もっと行きたかった場所に行けたり、会いたかった人に会えたり、そのような価値をプラスで買うことができ、日常生活全体の「豊かさへの投資効率」が高まったことに気づきました。
 確かに家を所有し、きちんと帰れる場所、プライベートな空間が欲しいという感覚も理解できるのですが、必要な時に、必要なものだけを利用する4次元ポケットのような利便性を味わえることの方が価値が高いと感じました。

アドレスホッピングとは、新たな体験を追求する合理的なライフスタイル

 自分にとって、アドレスホッピングは極めて合理的な生活だと感じています。但し、我々、ミレニアル世代にとっては、「理に適っている」の「理」の定義が、いわゆる旧世代の人と少し異なる気がしています。GDPが主要KPIとなる社会では、経済的な成長が正義ですし、そういう社会で生きてきた世代にとっては、何かモノを生産し消費することが大事という価値観が通底していると思います。その結果、いい家を持っているとか、土地を持っているとか、物質的な価値をストックしていくことが、精神的な価値に結び付いているのだと思います。
 一方、我々にとっては、何か自分にしかできない体験であったり、その時に自分がやりたいと思ったことをすぐにできる柔軟性、新しい人や面白い人と出会える偶発性などの価値の方が、物質的価値よりも優先順位が高いです。要するに、転職によって半分になってしまった家計を見直し、優先順位の高いことへ再配分し、自分にとって幸福度の高いことへ投資しているという点で、極めて合理的であると感じています。

複数の仕事、リモートワーク、コミュニティのスキルを活かしたワークスタイル

 仕事は自身のマーケティング分野での経験を活かし、現在、10社程の企業のコンサルティングを行っています。場所に囚われることのない、リモートワーク可能な仕事だけを受けるようにしているので、アドレスホッピングに支障はないです。
 最終的には、アドレスホッピングの事業化も目指しています。それも、どんどん金儲けをするという感覚ではなく、誰もが気兼ねなくアドレスホッピングを楽しめるようなセーフティーネットを構築し、上手くお金が循環するような仕組み作りです。例えば、空き家が増え、過疎化が進む地方の街に、移動することが強みの僕たちが足を運び、地元の方々とのディスカッションを通してその土地の価値を再発見し、それをマーケティング・PRすることで、関係人口を増やしていくというような貢献ができると思っています。その際、僕らへの対価は、宿泊代や交通費で十分。アドレスホッパーのコミュニティには、デザイナーやマーケターといった属性の方々が多いので、チームとしてのスキルを活用していくことが可能なのです。そういった価値提供ができるコミュニティづくりを行なっていくつもりです。

アドレスホッパーたちの共通認識は、オリジナルなエピソードの共有

 現在、アドレスホッパーのコミュニティに所属する人は、下は大学生から上は35歳くらいのいわゆるミレニアル世代で構成されています。共通の価値観としては、自分にしか語れないエピソードをシェアして、共感を得たいという欲求です。
 例えば、コーヒー豆はどこでも買うことはできますが、年末にフィンランドで訪れた「かもめ食堂」で買ったコーヒー豆は、その前後のエピソードも含めて、みんなに語ってシェアできるじゃないですか。なので、少し高くても僕たちは「かもめ食堂」のコーヒー豆を買うんです。みんなに体験をシェアできることで、少しくらい多く支払ってもペイする感覚になるのです。
 我々の世代は、ソーシャルメディアでシェアして他人に共感してもらうことが日常化しているので、経済的な合理性より、感性的な合理性を求めているのかもしれません。20年後の未来、ソーシャルメディアでシェアするという行動自体は無くなっているかもしれませんが、自分のオリジナルな体験をシェアして共感を得ることに価値を置く感覚は、今よりもより自然なものになっている気がします。

子どもと一緒にホッピングして、早く才能の芽を見つけてあげたい

 将来、結婚して子どもが出来たら、どう教育するかについてはよく考えます。養育期間は、行く先々でベビーシッターを雇ったり、時間に拘束されない仕事をすれば自分が面倒見るなど、何とかなると感じています。子どもが物心付いてからは、別に学校に入学させる必要はないと考えています。今の時代、優良な教育コンテンツはウェブ上に沢山ありますし、学校という閉鎖的なコミュニティのみに所属しているからこそ、いじめの問題などが出てきていると感じるからです。これからの時代は義務教育に縛られない形の新しい教育のあり方を模索する必要があると考えています。
 例えば、子どもと一緒に旅をしてその地域のローカルコミュニティで友達をつくったり、ニューヨークのど真ん中でアーティストと一緒に絵を描かせたり、そのエリアでしかできない体験をさせてあげることで、何かに興味を持ち、自分の進みたい道が見つかるのではないかと考えています。共にアドレスホッピングすることで、子どもの才能の芽を早く見つけ、伸ばしてあげることが出来るのではないでしょうか。

アジリティー(敏捷性)を高めることが、未来を生き抜く生存戦略

 生活のアジリティー(敏捷性)をどれだけ上げられるかが自分のテーマです。これからの未来、ますます変化が激しくなり、リスクが拡大していくことを想定すると、アドレスホッピングは一つの生存戦略であると感じています。仕事も、極めてフレキシブルな状態を維持しているので、万一、かかわっている会社が潰れたとしても困ることがないし、今、大地震が起きたら、すぐにでも国外へ出られます。自分にとっては、固定することこそリスクであり、変動可能性を維持することこそリスクヘッジだと思っています。そのためには、生き方の選択肢をフラットに選べる社会であるべきだと感じています。古いパラダイムに縛られ、ライフスタイルを選べないことが一番不幸せだと思うのです。

市橋 正太郎氏

PROFILE

アドレスホッパー・市橋 正太郎氏インタビュー

 京都大学経済学部経営学科卒業後、株式会社サイバーエージェントへ入社。様々な新規事業の立ち上げに携わり、AbemaTVに関しては開局時より統合的なマーケティング戦略を担当。2017年、同社を退社後、スタートアップ企業、株式会社mgramへCMOとして入社。芸能事務所や大手メディアとのバズマーケティング設計に携わり、超精密性格分析『エムグラム診断』の事業化を成功させる。2018年より独立し、スタートアップ企業のマーケティングを支援しながら、自身のライフスタイルにおいては固定の家を持たずに生活するアドレスホッピングを実践、「住を自由にする」事業の創造を目指している。

聞き手のつぶやき

 私のような「旧世代」の人間から見ると、一日、一日、宿を見つけなければならない生活に煩わしさを感じてしまう。しかしながら、市橋氏の話をうかがうにつれ、モノをストックすることではなく、コトをフローさせることに幸福度の尺度があり、アドレスホッピングは極めて合理的なライフスタイルであることに気づかされた。経済のゼロ成長やマイナス成長に慣れ、経済成長への執着心がないミレニアル世代こそ、これからの定常型社会における生きがいを創造する存在となるに違いない。
(聞き手:小林勝司)

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