新年度を迎えました。HRIにとっては20回目の新年度です。最近はお正月がシームレスになってしまったので、年度初めの方が人々の転機が暮らしの中にいっぱい表れ、時の節目を実感できるような気がします。そんな、新たなスタートの直前に国立新美術館で4月5日まで開催中の企画展「ルノワール ―伝統と革新―」を鑑賞してきました。ご存知のとおり、ルノワールは、「幸福の画家」として世界中で親しまれている印象派の巨匠。私も「幸せ」を感じに出かけたわけです。
この「幸せ」というテーマ、何やら最近やたらと注目されています。鳩山政権は、GDPのような経済指標だけでは測りきれない「幸福度」の指標づくりに乗り出すべく全国規模の調査を実施して、6月発表予定の「新成長戦略」に盛り込む予定だそうです。そこでの調査の軸には、「働く」、「学ぶ」、「遊ぶ」、「暮らす」など、HRIの研究テーマ軸に重なっているようです。さらに、自治体でも「幸福度」に注目したまちづくりが志向され始めています。東京都荒川区のGAH(荒川区民総幸福度)の検討によるまちづくりなどです。
書店でも、香山リカさんと勝間和代さんの(このお二人が350分激論しても噛み合うとは思えないのだが)「不安時代の幸福論」とうたわれた論争本が評判らしいし、伝統ある岩波の科学誌「科学」でも「幸福の感じ方・測り方」が特集されているほどです。
このような「幸福度指標」設定の端緒をつけたのは、今から30年以上遡る1976年のブータン国王の発言でした。幸福大国を目指すブータンではGNH(国民総幸福度)という国力概念を設定し、概念にとどまらず指標化の研究を進めています。参考のために、ブータンのGNH検討の切り口を挙げてみます。
①Living standard(基本的な生活)
②Cultural diversity(文化の多様性)
③Emotional well being(感情の豊かさ)
④Health(健康)
⑤Education(教育)
⑥Time use(時間の使い方)
⑦Eco-system(自然環境)
⑧Community vitality(コミュニティの活力)
⑨Good governance(良い統治)
これら9つの要素からGNH指標を考えているのだそうです。どうでしょう?さすがに、日本が高度成長やバブル経済の渦中にあった時代から、地道に暮らしの場の幸せを考えてきた素晴らしい成果のように私は受けとめました。
また、かねてよりHRIの未来社会研究に示唆をいただいている、「グローバル定常型社会」や「コミュニティを問いなおす」の著書のある千葉大の広井良典さんは、「科学」の特集記事の中で「幸福」(ある国や地域における人々の平均的な幸福度)を左右する要因として、次の4つの点を示しています。
①コミュニティのあり方(人と人の関係性)
②平等度または格差(所得・資産の分配の問題)
③自然環境とのつながり
④(広義の)スピリチュアリティ(精神的、宗教的な要素など)
これらは、HRIが次世代を担う子どもたちの成長の場として「豊かな関係性」を確保することが最も大切だと主張したところと重なるでしょう。
このような「幸福度」を巡る議論が盛んなのは、やはり世の中が新たな指標、新たな目標を求めている表れに違いないと思います。社会の方向付けに関する発想の「転機」の表れに違いないと思います。そして、このことを気づくのに、最も感受性が鈍いのが「企業」なのではないかと心配します。途切れることなくグローバルスケールで厳しい競争が間断なく続く企業活動の中では、なかなか活動そのものの「転機」を設けることは難しいからです。そんな暢気は許されない。しかし、機を逸してしまった企業の無残な姿は、みなさんお察しのとおりです。なんとか、転機に踏み切る勇気の持ち方を準備したいものです。
というわけで、新年度スタートからのHRIコラムのお題は、「働く」、「学ぶ」に続く「暮らす」の一環として、ちょっと気恥ずかしく、漠としたテーマかもしれませんが「幸せって、何だっけ?」みたいな話しで展開したいと思います。
ところで最後に、幸福の画家ルノワールを鑑賞した感想です。ルノワールの絵に見つけられるものを挙げてみます。
●丸み、アナログな曲線
●きらめく光
●自然との接点
●時空間のゆとり
●安心のバランス
●健康な肌色
●優しい眼差し
まだまだありますが、これだけ挙げても「幸せ」のエッセンスが見えてくる感じがしますね。真冬並みの寒い一日でしたが、ホッとする小一時間でした。会場を後にする人たちも、なんとなく眼差しが優しくなっていたような。。。