COLUMN

2008.10.01鷲尾 梓

職人の知恵とプライド~「品質」を支えるもの~


 一年ほど前に一念発起し、崖のような土地に家を建てている。今年の夏休みは、建てかけの「家」の中にテントを張って泊まりこみ、日がな一日職人さんたちの仕事をみつめて過ごした。

 家が建っているのは急斜面の中腹。初めて現場を訪れた職人さんは必ず、「こんな大変な現場だなんて、聞いてなかったよ~」と苦笑いをする。斜面の下方にある資材置き場から材木を運び上げるのに一苦労、高い足場の上に登っての作業は思うようにはかどらない。裏手に竹やぶがあり、蜂や蚊が多いことも悩みの種となっていた。職人さんが苦笑いをするのも当然だ。

 それでも、職人さんたちはそれぞれに創意工夫をして、快適に作業できる環境を整えていく。苦心している職人さんたちには申し訳ないのだが、その過程を見ていると、手際の鮮やかさにわくわくした。

 一人黙々と作業をする棟梁は、床板を敷き詰める際、半畳ほどの穴を二つ残していた。一つは、現場を出入りする職人さんたちの出入り口。今のところ、お風呂場の床部分にあいたこの穴が、この家の「玄関」になっている。もう一つの穴は、長い木材を下から差し込み、上から引っ張り上げる時に使うためのものだ。屋根を貼る板金の職人さんたちは、脚立とロープで即席の階段をつくり、窓から屋根へ、屋根から斜面上方にある駐車場へと自在に移動する。作業が進んで動線が変わると、階段もまた形を変えていく。

 当然のことながら、現場で必要となるこういった工夫について、建物の設計図には何も書かれていない。家ごとに設計も環境も異なるから、過去に経験したことのない事態に直面することも多いはずだ。マニュアルに頼ることなく、技術と知恵を駆使して、その場に応じて工夫を凝らすほかない。職人さんの仕事は、設計図に忠実であることが要求される一方で、高い柔軟性と創造性が求められる仕事なのだ。
 
 もうひとつ、間近で作業を見せてもらう中で強く実感したのは、家の質を支えるのは、優れた設計はもちろんのこと、一人ひとりの職人さんの質の高い仕事の積み重ねである、ということだ。 

 自分自身が関わるまでよく知らなかったが、家づくりには、設計をはじめ、施工管理、検査、樹木の伐採、コンクリートの基礎工事、足場の設置、大工仕事、電気の配線、板金、サッシ、防水、上下水道の配管・・・等々、実に多くの人が関わっている。内装や外構の作業が始まれば、さらに多くの人の手が入ることになる。

 たとえば防水の作業ひとつをとっても、防水シートを隙間なく丁寧に接着していくことが、建物を長く良い状態に保つことにつながる。その仕事の質の高さは、職人さん一人ひとりの技術とプライドにかかっていると言っても過言ではないだろう。自分の仕事にプライドを持ち、妥協することなく取り組む職人さんたちの姿は眩しかった。

 家づくりに限らず、ものづくりの質を維持向上しようとするとき、私たちの意識は管理や検査を厳しくすることの方に向きがちだ。しかしやはり、作り手一人ひとりの知恵やプライドなくしては、真に質の高いものづくりは難しいのではないか、と思う。家の完成まであと少しの間、職人さんたちの横顔からその極意を学びたい。
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