先日料理研究家の秋場奈奈さんのお話をお聞きする機会があった。ずっと先まで予約が入っている料理教室や著書出版など、幅広く活躍されている注目の方であり、そのお話は大変示唆に富んでいるものであった。ご自身の経験を基に語られたお話は、初めて知ることも数多くあり、大変勉強になった。その中でも特に興味深かったのは、食べ物を口にする前に「自分のカラダに聞いてみる」ということだ。
「自分のカラダに聞いてみる」とは、一体どういうことか?これは、今の自分にとって何を食べたら良くて何は食べない方が良いのか、もしくは何も食べない方が良いのか、自らの身体に聞いて得られた回答に従うことだそうだ。普段食べ物を口にする際に聞くそうだが、普通の人はまず試してみたことがないだろうし、回答が得られるのかの想像もつかないだろう。
では普通の人に秋場さんのような“カラダの声”を聞く機能はないのであろうか。仮説としては、人間の進化の過程で必要がなくなった機能となり退化したのではないかと考える。人は生存していくために、昔はみな自分のカラダに聞いていたのではないだろうか。それらは先人から受け継がれたが、ある時期から全く必要性がなくなり、一部の感度の高い人を除いて今に至っていると想定する。そして当たり前のように安全な食材が入手できて、好きなものを好きなだけ食べられるようになった現在では、多くの人々が何を食べたら良いか、食べない方が良いかは、自分自身からではなく他人のアドバイスから得ようとしているのだ。
それらはあくまでも本人ではない他人が健康になった情報であり、自分にピタリとあてはまるかは分からない。例えば、“皆さん玄米を食べると身体に良いですよ”というアドバイスは、消化機能が少し弱り気味の人にとっては逆効果となる場合も多い。もし自分のカラダに聞くことができたら「あなたは今少し胃の調子が悪いから玄米はやめておくべきです」と答えてくれるかもしれない。
そういう意味では、“自分の身体のことは、自分が一番わかっている”という何かのセリフ通りではなく、意外とわかっていない人の方が多いのかもしれない。この健康飲料は血圧安定に効くとか、ダイエットにはこれが一番等の情報を鵜呑みにせず、それらが本当に自分に適しているのか、まずは自らのカラダに聞いてみることが大事なのだと思う。
最近では、心拍・脈拍・血圧・心電等、継続的にデータがとれるバイタルセンシング技術が進み、今後もセンシングできる項目が増えていくことで、自分の身体状況は以前より詳しく知ることができるだろう。その計測数値を基に、不特定多数向けではなく、その人用にカスタマイズされていくアドバイス内容が精緻化されていくかもしれない。だが、そのアドバイスはカラダの声とどこまで重なってくるのだろうか。
将来AIが人の身体情報を全て把握し、食事もその人の好みに合わせ最適な栄養素で選択して作ってくれる。人間は何も考えずにそれを食べて健康に生き続ける、というシーンも描けるかと思うが、それは機械をコントロールしていた人間が逆に機械にコントロールされている操り人形のようにも思える。人間の能力を高めてくれる、サポートしてくれるのは大変助かるが、人間の身体について全て任せてしまうのは少し恐ろしい。そんな時ちょっと離れ、アナログ過ぎるのかもしれないが、自身の精神を研ぎ澄まし、自分のカラダの声に耳を傾けてみるということは必要なのかもしれない。そこに違った答えが聞けるかもしれない。
人間としての強み、機械としての強み、それぞれあるだろう。機械に頼りきってしまうのではなく、それらがうまく融和できた時に、より良い生活が送れて、より良い社会になっていくのではないだろうか。未来に向けて心身共に健康な生活を送るために、今からあなたもカラダの声を聞く努力をしてみませんか?