1歳以下の赤ちゃんにハチミツを与えてはいけないという「常識」はいつのまに「常識」になったのだろうか、というのが例のニュースを目にしたときの率直な感想であった。母子手帳に書いてある、ハチミツの容器のラベルにもよく読めば書いてある、とは言うが、書いてあるから常識というわけでもない。今まさに子育てをしている人や専門家以外の人々にも、広く共有され定着している知識になっているとは言い難いのではないか…というのが少なくとも私の周囲の反応からの実感である。
自分の知らないあいだに更新されている常識は多い。ネコに牛乳を飲ませてはいけない、とか「いい箱(1185年)つくろう鎌倉幕府」などは、私の子どもの頃の常識ではなかった。ふだんからペットや日本史の年代考証に関しての最新情報にアンテナを張っていなければ、ネコには牛乳、いい国つくろう鎌倉幕府、といった古い誤った知識をかかえたまま、いつのまにか「非常識」の人間になっていたりする。
日々更新される知を生み出す源泉のひとつが学術的研究のフロンティアだ。とくに脳研究の分野は、新たな研究手法によって新発見がなされたり、古い学説が否定され新説に改められたり、とダイナミックな進展を遂げている領域である。
先日インタビューさせていただいた京都大学の明和政子先生からは、脳神経科学や発達生物学の新たな知見に関していろいろと教えていただき、このあたりの領域の「常識」が久しぶりに更新された。
たとえば「脳は30歳でようやく完成する」というのが最新の研究に基づく見解なのだそうだ。20代であっても脳は未成熟で成長過程にあり、それを前提とすれば、成人式を迎えた後の人間にとっても質の良い環境や経験、周囲の関わり方が脳の発育に重要になってくるという認識が新たにされる。
子育てに関して言えば、10代・20代で身体は成熟を迎えている(食環境の変化で身体的成熟はむしろ早まっている)ので子どもを産むことは可能だが、そうした若い親たちが子育てに葛藤をかかえるというのも、脳は成長途中であることを考えれば当たり前なのである。そこで「親なのだから」「成人しているのだから」と自分を追い込んだり、周囲も突き放したりするのではなく、積極的に支援の手を差し伸べることが、とりわけ核家族化が進む現代においては大事であると、明和先生はおっしゃっていた。
検索すれば何でも知ることができる時代、常識をただ知っていることにはあまり意味がない。新しい常識が登場したときには、それをあまねく誰もが身に着けられる周知の仕組みが必要であり、さらにその新たな常識に合わせて、古い考えかたを改めたり社会システムを見直したりするアップデートの仕組みをつくるところに、人間の知能を働かせていくべきだろう。
さて、今回は先端的な認知科学者に話を伺ったり、大々的ニュースを聞くなどして、私のいくつかの古い常識は更新されたわけだが、言うなればこれは「手動更新」である。これからの未来、人間の頭に入っている常識が勝手に「自動更新」されるシステムがあっても良いのではないだろうかと夢想する。スマホやPCに頻繁にやってくるシステムやアプリの自動更新のように、私の頭の中にある情報を隅々までチェックし、クラウド的な外部のデータベースにある最新情報と照らし合わせて、古い、正しくない常識があれば見つけ出して新しい常識へと自動で書き換えてくれるようなシステムである。
――否、自動書き換えまではちょっとやりすぎかもしれない。勝手に記憶がすり替わっているのは怖い感じもするし、古い常識はそれはそれで別名で保存しておくことに意味があるという考えかたもあるかもしれない。だから、「あなたのニューロサイエンスに関する知識は2007年以降、更新されていません」とか「子育てに関する常識について××件の更新情報があります」といった風に、更新があるということをアラートするだけでも、人間にとって十分有意義深いシステムになるかもしれない。
いずれにせよ、会社のPCや大切なデータの入ったスマホと同様、人間というシステムも、更新作業を怠れば怠るほど、脆弱性や不具合のリスクが高まるということに、もっとアウェアになる必要があるだろう。