Uberというスタートアップがかつてないスピードで成長を遂げたり、日本の大手自動車メーカーが人工知能研究所を開設するなど、シリコンバレーは依然として起業と革新のメッカとしてその確固たる地位を維持しているかのようだ。その一方で、シリコンバレーやサンフランシスコ周辺の不動産価格を始めとした生活費の高騰だとか、職種間・人種間の労働格差、富の一極集中の実態、米国全体としての経済成長にはつながっていない、といった問題も耳にするようになった。
そうした背景を受けてか、最近はシリコンバレー以外の地域もまた、起業家精神と創造性にあふれる人材を集めに動き出している。
シリコンバレーから飛行機で南へ1時間のロサンゼルスでも「シリコンビーチ」という呼び名で、ValleyよりもBeachで働くことを好む人々にさかんにPRを行っている。起業に必要なサポート体制やエコシステムを整備するだけでなく、起業家たちが一生活者として住み着きたくなる地域にするべく、ただの住宅地だったエリアに、オーガニックレストランやカフェ、高感度なショッピングモールなどの再開発に取り組んでいるらしい。
そんなロサンゼルスで立ち上がったスタートアップを見てみると、ヴィンテージグッズ販売、ドッグシッター検索、結婚式などの「人生で一度きりのイベント」を盛り上げるための演出サービスなど、事業内容にはどこか"LAっぽさ"が感じられる。
西から東へと目を移すと、これまでシリコンバレーの「つくり手」リーダーたちからは、「奪い手」の筆頭としてみなされがちであった金融の街・ニューヨークにおいても、「つく手」の文化と実績が着々と育まれていると聞き、先月の出張の折、スタートアップ関連のスペースをいくつか訪問し、起業を目指す若者たちに話を聞かせてもらった。
シリコンバレーと違っていて面白かったのは、彼らの多くがニューヨークにやってきたのは、起業とは別の理由によるものだったという点である。最初はファッションや映画制作、バレエなどのパフォーミングアートに関心を持ってニューヨークにやって来た。人々とネットワーキングしているうちに、スタートアップを支援するプログラムやコミュニティ、ワーキングスペースのうわさを聞きつけてふらふらっと足を運んでいるうちに、起業への関心が芽生え、どうせなら自分の関心と絡めてなにか面白いことをやってみようか、といつのまにか本格的に起業を目指すようになった、という経緯なのだと言う。
そのせいなのか、彼らの構想する事業アイデアというのは、エンジニアやギークというより、アーティストやパフォーマー気質を感じさせるものであった。シリコンバレー流とは一味違う"NYっぽい"スタートアップの誕生が楽しみになった。
いまやイノベーションはシリコンバレーだけで起こるわけではない。今回はアメリカの話ばかりしてしまったが、アメリカがイノベーションの中心国であるわけでもない。Elmira Bayrasliによる『From the Other Side of the World(原題はSTEVE JOBS LIVES IN PAKISTAN)』と英訳されている本の中では、これからは7つの国――メキシコ、ナイジェリア、中国、インド、ロシア、トルコ、パキスタン――が、シリコンバレーに匹敵する革新的起業の地になるであろうことが予見されている。
実際、テック系のイベントに登壇するスタートアップ企業も、アメリカ以外の国であることも珍しくなくなってきた。それどころか、シリコンバレー発、アメリカ発ではないことがむしろアドバンテージなのではないかとすら思わされる。なぜならいま軌道に乗っているスタートアップ企業の事業内容を見てみると、Google、Facebook、Salesforceといったシリコンバレー発の巨人企業たちが提供するサービスに対して、不満を抱いている人々の「ニッチ」なニーズに応えることで成功をおさめるからである。「ニッチ」といってもいまや30億人いるネットユーザーの「ニッチ」は相当な顧客数にのぼる立派なマーケットなのである。
コンピュータとネット環境、どこにいても起業ができる時代になったからこそ、あとはアイデア勝負であるとも言える。物理的にも心理的にも喧騒の渦から距離を置くことが、人々の素朴で潜在的な欲求をくみとり、アイデアをとがらせるために必要なことかもしれない。