瀬戸内海12の島々などを舞台にして、現代アートで地域を元気にするイベント「瀬戸内国際芸術祭2013」が始まった。都市経済学者ジェイン・ジェイコブスの文庫本『発展する地域衰退する地域/地域が自立するための経済学』をバッグに入れ、久しぶりの瀬戸内の島へと出かけた。
会期最初の週末だが、高松港から小豆島へのフェリー船内は空いている。瀬戸内海の景色は、まさに蕪村の「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな」、穏やかな多島海が年度末の喧騒を忘れさせてくれる。これが「アイランド」の時間と空間の魅力なのだ。
正味一日半で、豊島と宿泊地の小豆島を巡ることにして豊島で下船。小さな船着場にはイベントの幟が賑やかに立ち並ぶが、来訪者は多くない。いくつかの集落を作品と遭遇しつつ廻ってみた。作品は、集落の中にちょこんと置かれていたりする。人々の生活や暮らしの場とアートを混在させ、来訪者の感動も取り込んで、地域の暮らしの活気を生み出そうという目論見なのだろう。しかし、私の印象ではアートと生活は「混ざって」はいなかった。島という特別な器に「置かれて」いたという印象だ。確かに、豊島ミュージアムでは、時間も空間も忘れてしまうような不思議な心持ちになった。ああ、来てよかったと思った。それでも、私は豊島の暮らしとアートの混ざり合いを感じることはなかった。
2日目の小豆島でも、アートは生活と混在しているように見えなかった。もちろん、ビートたけしやヤノベケンジ制作の作品の周囲には人だかりができていた。不気味な唸り声と共に巨大地縛霊が古井戸から登場するヤノベの作品は、もう一度コミュニティの中心である井戸端に人が集まったら、活気が戻るんじゃないかという発想だ。確かに井戸の周りに人だかりができている。しかし、彼らは定刻に動き出す巨大地縛霊の写真を撮り終えると、さっさと去っていく。私は、その井戸のある道端の箱に入っていた無人販売の島のレモン1袋を取り200円を入れた。酸っぱい香りに島の暮らしを嗅いだ気がした。この香りとアート作品は、混ざらないのだろうか。
香りと言えば、小豆島は醤油の島だ。宿泊先が、醤(ひしお)の郷と呼ばれる醤油工場が集まった地域にあり、ホテルスタッフが1時間のツアーガイドをしてくれるというので参加した。満室状態のホテルだったが、ツアー参加者は大阪からの若いカップル一組だけ。案内してくれたホテルスタッフの方と集落を見下ろす丘の上に立つ。すると、海と山の間の狭い平地に立ち並ぶ、真っ黒く長い瓦屋根のもろみ蔵の数に驚かされる。これって、まさにアートだ。
江戸時代の島の製塩業が醤油醸造を生み、日本初の佃煮を生んだらしい。明治の最盛期には400もの醤油醸造所があったそうだ。今も20軒以上の醤油蔵が稼働中である。「ものみ蔵の屋根は黒く塗るのが伝統なんですか?」と尋ねると、「あれは塗ったんではなく、もろみの菌で黒く変色するんです。最初は黒くなかたんですよ。黒い屋根は、もろみを仕込んでいる証拠なんです」との説明。あの鳥瞰アートは、島の産業から生まれた自然と暮らしがかき混ざったアートだったのだ。俄然、おもしろくなってきた。
もろみ蔵の脇道を歩いていると、イベント案内所で水撒きをしていたご主人とごあいさつ。案内をしてくれていた、この地域で生まれ育ったホテルの方と地元仲間の会話が弾んでいる。「いやあ、あの方は小豆島商工会の会長さんで、ここの醤油会社を経営をしているんですよ。こちらが会長のご自宅です」見ると、素晴らしく立派な門構えのお屋敷だ。檜の一枚板で作ったという大きな門の重厚感と時間が蓄積して醸し出す色、これまたすごい暮らしの場のアートだ。「せっかくだから、ちょっと中も見てみます?」ラッキーだ。門の内側には素晴らしく手入れされた日本庭園、そして醤油を作っていた建物に入って、オーナー直々に重要文化財を目の前にして歴史や逸話を聞かせていただき、私たちは「へぇー」「うわぁ」の連続だった。
島の中にアートを置いて観光客が訪れる。確かに瞬間的な賑わいは生まれる。しかし、持続する賑わい、両者の融合したおもしろさには至っていないのではなかろうか。タレと油、それぞれ別にいただいても美味しいかもしれない。しかし、これらをよく振って混じり合わせてから食べると、もっと美味しいはずだ。サラダドレッシングのように。
地域をアートで元気にするイベントは、この「よく振って混ぜる」という仕掛けを持続させることこそが、イベントを美味しくする秘訣なのではないか。ちらし寿司やビビンバのように、よく掻き混ぜて食べるには、それに合った丼や器も大切だ。島というミクロコスモスのような器は、じつにそれに適っている。大き過ぎず、掻き混ぜやすく、他のものから独立しておもしろさを創れる器、それがアイランドなのだ。そして、アイランドの中を美味しく掻き混ぜるには、魅力ある地元の人たちとの交流を通じてコツを知るのが一番だ。アイランド、これからますますおもしろくなりそうな舞台だ。