4月からスタートした連歌"> COLUMN:ヒューマンルネッサンス研究所(HRI)  4月からスタートした連歌">

COLUMN

2012.07.01中間 真一

世界の終わりから考える未来

 4月からスタートした連歌風研究員コラムも一巡しました。そこそこ、読者の評判はよいようなのでこのまま続けてみます。
 前回の田口さんのコラムに、「「幸福」は維持・継続していくもの、「希望」は未来に向かって変わるもの」という玄田有史さんの指摘が引用されていました。ちょうどその頃、私は「happy ─しあわせを探すあなたへ」という映画を観たり、「世界の終わりのものがたり ─もはや逃れられない73の問い」という日本科学未来館で開催されていた企画展に出かけていた頃でした。
 
 このhappyという映画は、世界五大陸16ヶ国を巡り、心理学者や脳医学者と「幸せになる方程式」を明らかにしようとした、幸福度調研究のドキュメンタリー映画です。冒頭、インドのコルカタの気のいいリキシャ引きの男性の日常が映し出されます。スラムにある彼の住まいは、ビニールシートと竹で作ったあばら家です。毎日4時半に起き、12~14時間を一生懸命、家族のために人力車(リキシャ)引きとして働き、ようやく家族を養うのに必要な稼ぎを得ています。しかし、彼は自分の生き方に誇りを持っており、彼が感じている幸福度は、大半のアメリカ人が感じている幸福度と同等だったのです。
 この他にも、島でサーフィンを楽しみ、自然に抗うことなく生きるおじさん、沖縄のおばあ達、過労死で夫をなくした妻、トラック事故で顔がつぶれてしまった女性などの生き方と共に、幸福研究の大御所たちがコメントを重ねていくというストーリーです。「フロー体験」など、私に大きな生き方の示唆を与えてくれた、社会学者のチクセントミハイ氏も登場します。この映画の説明を始めると、長くなってしまうので、ぜひみなさんも映画を観てみてください。おすすめです。
 
 一方、企画展の方はタイトルからしてhappyの対極からのアプローチです。一見、カタストロフかのようなこの企画展は、カタストロフでもなく、無責任に「幸せな未来」と「未来への希望」をばらまくものでなく、来場者にずっしりと重たい73の問いを投げかけてくるものでした。従来の博物館の展示イメージとは違います。知識の渉猟の場ではなく、逃れられない問題への自らの思考を迫られるものでした。
 
 その問いとは、たとえばこのようなものです。「あなたの人生で一番心配なことは何ですか?」、「一番怖いものは何ですか?」、「人が生み出したことと、人の手によらないもの、どちらがこわいのでしょう?」ちなみに、この質問に対する投票の集計結果を、みなさんはどのように予想しますか?なんと、人が生み出したもの66%、人の手によらないもの33%、きっと東日本大震災が影響を与えたのでしょう。中高生のグループ、大学生らしいカップルが、問いの前で、いろいろな話をしている様子が印象的でした。
 
 さらには、「リスクをもたらす可能性のあるテクノロジーの研究を進めるべきでしょうか?」、「テクノロジーの進歩によって消えたものはありますか?」、「テクノロジーは何のためにあるのでしょう?」、また「ムダのある世界と、ムダのない世界、どちらがいいのでしょう?」というものもありました。
 まさに、人とテクノロジーの調和に関する問いかけです。このあたり、オムロンの企業哲学「機械にできることは機械にまかせ、人間はより創造的な分野での活動を楽しむべきである」の読み解きに関わる問題です。HRIのメインテーマの一つです。テクノロジーの進歩によって消えたもの、そこのボードに貼られていた付箋には、「人間らしさ」、「やさしさ」、「努力と工夫」、「会話」などがあったことを思い出します。
 
 私たちは「世界のおわり」が到来しないように、「世界のおわりのものがたり」を考えておかないといけないのでしょう。さて、このように続いてきた問いの最後はどんな問いだったでしょう?それは、「あなたは、どんな未来をつくりますか?」でした。私は、happyな未来をつくります。
 
※記事は執筆者の個人的見解であり、HRIの公式見解を示すものではありません。
PAGE TOP