COLUMN

2004.08.01鷲尾 梓

人を動かす「技術」-ごみ問題にみるアフォーダンス-

 昨年末、埼玉県日高市と太平洋セメント埼玉工場との協働によって、家庭から出るごみのほとんどをセメントの原料にすることができるという、「全国初の技術」が実用化の段階を迎えた。缶やビンなどの資源ごみを除いたごみの全てを工場に送り、3日間かけて生物発酵させた後に高温で燃やし、その灰をセメントの材料にするというものである。高温で焼成するためダイオキシンの発生を低く抑えられるだけでなく、焼却灰が再利用されるため、最終処分場が不要になる。市民にとっても、可燃ごみと不燃ごみの区別をしなくて良いというメリットがあり、この技術には大きな期待が寄せられた。しかし今年に入って、予期せぬ問題が浮上した。最新システムの導入前と比べて、ごみの量が格段に増加したのである。削減されるはずであったごみ処理費用は逆に上昇し、市の財政を圧迫し始めているという。

 なぜ、このようなことが起こったのだろうか。
 ごみの量が増加した直接の原因は、新しい技術を「何でも燃やすことができる技術」と認識した市民が、不燃ごみだけでなく、資源ごみである布やダンボール、蛍光灯までをも分別せずに出すようになってしまったことにあった。日高市の革新的施策を成功させるために不足していたのは、新システムの効能を最大限に発揮させるために、市民が迷わずにごみの分別をできるよう、人間とシステムのインターフェイスに工夫をこらすことたのではないだろうか。

 ヒューマンインターフェイス研究の草分け的存在であるドナルド・A・ノーマンは、新技術を使った道具にユーザーが戸惑ったり、使い方を忘れたり、間違えたりする原因は道具のデザインにある、と論じている。それは、機会や道具は人間にとって単なる物質的な存在ではなく、それをどのように操作すれば良いかという意味や価値を直接的に提供(アフォード)するものであるという考え方に基づいている。押すのか引くのかわからない扉、間違えやすいコンロの点火スイッチは、いずれも適切な情報をアフォードしていないという意味で、悪いデザインの例ということになる。反対に、道具そのものに情報が含まれていれば(アフォーダンスがあれば)、ユーザーは複雑なマニュアルを参照することなく、その道具を使いこなすことができるのである。

 ごみ問題においても、草の根レベルでは、アフォーダンスを高める工夫がどんどん生まれてきている。ごみ回収用のカゴに、該当するビンのサンプルがくくりつけてあったり、ペットボトル回収箱に、分別しなければならないフタを入れるための手作りのボックスが設けられているのを目にしたことのある方も多いのではないだろうか。これらの仕掛けは、視覚的な情報を用いて、どのようなごみをどのように捨てればよいのかをユーザーに伝えている。分別したペットボトルのフタを持って帰ったりしなくてもよいという小さな工夫によって、その場でフタを取るという小さな行為を引き出すことに成功している。この小さな行為は、積み重なれば大きな変化となる。

 ごみからセメントの原料を作り出す技術がものを作る技術なら、アフォーダンスを高める工夫は人を動かす技術といえる。ものをつくる技術の追求に留まらず、人を動かす技術にも目を向け、総合的に問題に取り組もうとする姿勢こそが、今求められているのではないだろうか。
(小山梓)
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