COLUMN

2011.02.15中間 真一

シリーズ「イノベーションの鍵」#1"インサイト" というカタリスト

 HRIは、先週2月7日から品川駅前の新たなオフィスに移りました。引越というのは、それまでの連続した毎日の営みが断たれ、新たな暮らしの流れを生み出します。事務所の引越も、思い切って捨てたり、新たな環境に適応するために今までのスタイルを断ったり、やや大げさに言えば不連続な跳躍台、新たなコトへの転機づくりです。私たちも2011年からの新たな十年への節目を設けたわけです。

 さて、この「連続」と「不連続」の対比ですが、技術経営の観点からすると、「連続」は「改良(Improvement)」、「不連続」は「革新(Innovation)」に置き換えて考えることができそうです。どちらも技術経営には重要なことですが、それぞれの戦略戦術には大きな違いがあります。

 改良とは、今あるものをよりよくして、さらに価値を拡大していこうとする営み。それは、顧客のニーズを丹念にすくい上げ、その技術課題を着実に確実に徹底的に解決して前進するということになるはずです。現状延長線上に市場を拡大するのに欠かせません。新興国市場の現地の社会や暮らしからあぶり出されるニーズは、これからの大きなターゲットでしょう。

 一方、イノベーション(革新)は、まったく新たなものやコトの創造であり、従来の路線上からは不連続な営みとなるでしょう。そのためには、既に顕在化している顧客のニーズによる課題解決ではなく、顧客自身まだ気がついていない、しかし、わかった途端に「それが欲しかった!」と叫ばせるような、そんな課題のデザインから手がけることが必要となるはずです。改良よりは、手間もかかるし、リスクも大きいと言えるでしょう。しかし、新市場で得られる利益は大きいはず。

 改良と革新、どちらも欠かせないのですが、日本企業、また業界トップクラスの優良企業では、なかなか革新(イノベーション)が生まれないと言われます。その点について鋭く指摘したのが、クレイトン・クリステンセン教授の著書『イノベーションのジレンマ』ですね。
 既に持っている強みに、さらに磨きをかけることばかりを優先して、リスキーなイノベーションを遠ざけてしまう。その結果、思いもよらない新興企業の破壊的イノベーションによって、あっけなくこれまでの強さが崩れ落ちてしまうことがあるという指摘です。

 なぜ、そうなってしまうのでしょう? 私は、その原因の一つが「潜在ニーズ」のデザイン、すなわち「ソーシャルニーズの創造」が不十分であることだと考えます。そしてもう一つ、「イノベーション」というプロセスを技術開発偏重でとらえ過ぎている点にも問題があるように感じます。もっと、人間生活視点からのイノベーション思考が必要ではと思うのです。

 ところで、イノベーション(革新)に近い言葉にインベンション(発明)があります。ごっちゃになりがちな両者の関係について、IBMのCEOであるS.パルミサーノ氏は、「イノベーションとは、インベンションとインサイト(洞察)の交わるところで生じるものである」と言っています。私もたいへん合点がいきます。まず、インベンション(発明)がある。しかし、そのままにしていてはイノベーションにつながらない。両者の間には、インサイトというカタリスト(触媒機能)が必要なのに、それがおろそかにされがちだというわけです。

 今、そしてこれから、日本の製造業はイノベーションの力を上げることは必須でしょう。技術力が価値につながらないままに捨てられていては、優秀なエンジニアの働きがいも低下するばかりで大問題です。イノベーションを成功させる鍵を見つけなくてはいけません。

 私は、イノベーションの鍵の一つとして「インサイト(洞察力)」を挙げます。潜在ニーズは、漫然と眺めているだけでは創造できません。より深く、よく見通して、見抜いた先に得られるはずです。そのために、私たちはもっと現場の知、実践の知を大事にすべきではないでしょうか。技術者も営業マンも、師匠を求める弟子のように現場に出て行って、全身をセンサーにしてインサイトする、一人一人のインサイトを持ち寄ってチームのインサイトに高める、そんなフィールドワークの価値が高まっています。
 聞くところによると、CPUやマイクロプロセッサなどが主力商品の、Intel Insideでおなじみのインテル社は、意外にも顧客である製品メーカーの先にいる生活者や生活の場のインサイトにかなり注力しているようです。まさに、"Intel Insight"、インテルの強さは、技術開発力のみならず現場洞察力に特徴がありそうです。

 そんなわけで、今回のシリーズのお題は「イノベーションの鍵」です。HRIの研究スタッフはエンジニアではありません。しかし、生活者、人間、エコロジー視点のプロたちです。それぞれの立場とスタイルから、意外なイノベーションの鍵が出てくのではないかと楽しみにしています。
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