MONOLOGUE

2021.09.05

未来を考えるための生活空間


 前回の独白で、人の生活を考えるための3つの「かん」、というのは「時間」「空間」そして「価値観」を挙げてみました。ズケズケもの言う知人・友人たちからも「そうかもしれない」という声が届きました。もちろん、「カネが抜けてるぞ!」「なんでも3つにまとめるな」という声も遠慮無く入ってきます。しかし、なんらか情報として相手までたどり着いたようなので、今回は2つ目の「空間」の観点から話します。

 コロナ禍の下、私の場合は自宅でのリモートワークが ”ノーマル” になりました。独り仕事、社内のミーティングはもちろん、社外の方とのミーティングや外部での講演も、オンラインで自宅からです。そのような中、先日、リモートではやりにくい案件があり、既に何度もオンラインミーティングを重ねてきている人たちと会ってミーティングを開きました。新たなメンバーの参加もあったので、当然のように名刺交換のあいさつが始まります。初対面ではなかった私は、一段落するのを傍らで待っていました。

 そのとき、ふと思ったのです。「あれっ、目の前で受け渡している名刺のデザイン、僕には見覚えがない!」と。そして、彼とのこれまでのやりとりの記憶を、俄に遡ってみたのです。しかし、初めて会った時のシーンが、自宅のディスプレイ越しだったのか、ナマの本人を目の前にしていたのか、曖昧なままです。

 恐る恐る「もしかして、僕らも初めて会ってるんじゃないですか?」と尋ねると、「えっ、、、そうでしたっけ?あっ、そうかも!」と、彼も既に会っていると思い込んでいます。「わかんなくなってますけど、意外や意外、たぶんリアル初対面ですね」と、おもむろにお互い名刺を取り出しました。久しぶりのリアル名刺の名刺交換でした。

 そのくらい、もはや実空間とバーチャル空間の区別が、私の記憶の中では曖昧になってしまっていたわけです。じつは当日、もう一つのミーティングで、まったく同じような関係の相手と、同じ状況になり、「もう、わけわかんなくなってくる」と笑いました。これは、いわゆるVR/ARのようなレベルの話しではないのですが、人間の脳なんてものは、この程度で、すぐに騙されるものなんだと、つくづく実感したわけです。

 その数日後、アメリカのスタートアップ企業、アワー・ワン(Hour One)社のビジネスの記事を読んで驚きました。これは、ディープフェイクで作成したバーチャルなAIキャラクターのために、個人が自分の「顔」を登録して、この企業に貸し出しすものです。実在の顔のAIキャラクターが、コピーロボとして様々なサービスを提供しているのです。そして、顔の本人は、画像使用料を受け取れるわけです。いったん顔を撮影すれば、そこから作成された顔のバーチャルAIキャラクターが、何千本もの映像に出演し、あらゆる言語で何でも話すことができるというわけです。相手とコミュニケーションするための、人の「顔」が必要なのですね。
https://www.hourone.ai/
https://www.technologyreview.jp/s/255174/people-are-hiring-out-their-faces-to-become-deepfake-style-marketing-clones/

 20代のウェイトレスやバーテンダーのアルバイトをしているイスラエルの普通の女子学生の例が、記事で紹介されていました。彼女は、ドイツでは車の販売、小売業での仕事、企業の人事担当者として面接の実施、新人研修まで「こなしている」。正確に言えば、「彼女の顔が」です。そんなことが、ディープフェイクとAIによって、巷に出回り始めているのですね。

 じつは、彼女自身は、自分の顔が、世界のどこで、どんな仕事を担っているのかは知らないのだそうです。顔が使われるたびに「わずかな(¢でなく$という程度)」の報酬を得られるようです。そして、この手のビジネスは、既に、アワー・ワン社だけではなく、他社も類似のビジネスを展開しているようです。このサービスを利用している側の企業には、外国語レッスンの老舗、ベルリッツもあるようです。わざわざ、人がスタジオに出かけて収録せずとも、語学レッスンビデオはコンピュータ上で、容易に増産できるというわけです。「顔」データさえあれば、いくらでも「人(講師)」がつくれるというわけです。

 きっと、フェイク技術の光と影は、これから大きな問題にもなるでしょう。しかし、このビジネスは、これから急成長する予感があります。そして、リアルな「人」って、なんなんだろう?「空間を超える」ということは、なんなんだろう?そういう私の疑問は膨らむばかりです。

とにかく、人間の脳を騙すことは、そんなに難しいことではなさそうです。騙されるのが幸せなのか?騙されてはならないのか?「自律社会」に向かう中、この問題も複雑で、まだまだ見極めがつきません。未来の生活空間、これからますます、いろんなことが起こりそうです。

ヒューマンルネッサンス研究所
所長 中間 真一
PAGE TOP