MONOLOGUE

2021.05.05

コントロールから、コンヴィヴィアリティへ
~ ステイホームの日常から、時代の潮目を感じる ~


 ステイホーム、家から出ずに美味しい食事と読書を続けた今年の黄金週間は、身体にも脳にも、かなりインプット過多な時となった。身体に入れたものは運動によりエネルギー消費の契機をつくって代謝をバランスさせる。そのためには、相応の活動力と動機を要する。脳に入れたものは表現により情報編集の契機をつくってバランスさせるということになるだろうか。そのためには、相応の集中力と言語編集を要する、ということになるだろうか。

 インプットとアウトプットをバランスさせるのは難しい。アスリートや文筆家は、察するところアウトプットが先行して、インプットを後から補っているのではなかろうか。しかし、ものも情報も溢れる飽食の時代、市井の人々には、この発展的な平衡状態を維持し続けるのは至難の業だ。美味しそうなものが目の前にあれば我慢できない。おもしろそうなものが画面に現れれば我慢できない。その結果、身体にも、脳内にも老廃物が貯まり、ダイナミズムを失っていく。

 ところで、成長をあきらめられないグローバル経済の生産活動はどうだろう?インプットとなる地球の資源は、再生産の循環バランスを超えてしまっているようだ。アウトプットとなる商品・製品は、次々に繰り出される欲望喚起の仕掛けによって、エネルギーが注ぎ込まれて供給が続いているが、大量消費と同様の大量廃棄につながっている。そして、水や空気という地球生命のコモンズのバランスまで脅かし、宇宙船地球号の老朽化と機能不全を加速させているかのようだ。

 だからと言って、いかに「脱成長」が実現するのだろうか?斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』は、しっかりとした論理構成で、丁寧に脱成長経済こそ唯一の未来への道だということを説いていた。読了後には、「さあ、新しい時代を未来世代のために!」という気分になった。と同時に、「ああ、自分は企業という経済活動の歯車の中の歯の一つにもならない中で、いかに脱成長を果たせるのか?と途方に暮れた。著者は「はじめに」において「SDGsはまさに現代版「大衆のアヘン」である。と断じている。私は、読み始めのこの表現に対して、やや煽動的とも思える不快感を持った。しかし、読了後には大きな重石の言葉としてのしかかっていた。自分こそ、この書をアヘンとして服用しているのではないかと。

 もう一冊、スウェーデンの精神科医のアンデシュ・ハンセンのベストセラー『スマホ脳』も、見過ごし難い強烈なメッセージを、容赦なく私のスマホ脳に打ち込んできた。樹上生活から地面に降り、サバンナで暮らし始めた人類は、一貫して「今、どうすればいい?」という問いに応えようとして生き続けていると言う。それは、生き延びて遺伝子を残すためには、どうすればいい?という問いと共に生きるということだろう。これは、常に「闘争か逃走か」という素早い判断に集約されるというのにも納得する。

 一日に2,600回以上スマホを触り、平均して10分に一度スマホを手に取っている平均的人間行動の現状の結果、スマホは、私たちの報酬システムの基礎的メカニズムをダイレクトにハッキングしているというわけだ。これ以上の詳細はここに記せないが、スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも、自分の子どもが小さかった頃にはスマホを持たせていなかったという事実も見逃せない記述だった。詰まるところ、もはや人間は技術に適応して生きるということを続けていては破綻するぞという警鐘だ。

 先月初めに、世界経済フォーラムが主催する「グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット」が開かれていた。このフォーラムで議論する材料としては昨年12月にGlobal Technology Governance Report 2021を公開していたが、まさに人と技術の関係性の新たな展開だと感じていた。まだまだ、フレームワークレベルで具体論ではなかったが、まさに「今、どうすればいい?」を考える人間のやるべきことだ。そして、私たちが未来の羅針盤とするSINIC理論の未来ダイアグラム上では、これは「最適化社会」の人類の知恵の活かしどころであろう。それを超えた先に「自律社会」が訪れるはずだ。

 近代科学以降、人間は、自分たちの生活を向上させるために、科学と技術によってメカニズムを明らかにし、制御を図り続けてきたと言えるだろう。オムロンの事業や技術の基軸を明示するための”Sensing & Control”というコンセプトワードも、現在は”think”が加わっているが、まさにそこに社会の必要性「ソーシャルニーズ」の在処をセットした結果のはずだ。

 そして、最適化社会の渦中にあるはずの今、制御の完成が近づいていると言えるはずだ。自律社会を社会発展の1周期の完成形として描いたSINIC理論を構想した創業者立石一真らは、「ノーコントロールこそ理想だ」と断じている。そうならば、人類が地球の自然を「コントロール」するために進化させ続けてきた科学技術から、人類が地球に愉しく生き続けていくための「コンヴィヴィアリティ」の科学技術へと進化を遂げる時が近づいているということではなかろうか。2025年開催の大阪・関西万博のテーマ”Design Future Society for Our Lives”は、まさにその端緒となる。

 飽食の世界だから、情報洪水の世界だから、”Stay Hungry, Stay foolish”というジョブズのあの言葉が、Stay homeの休日に蘇ってきた。この気持ちをSustainableなものにして未来へといきたい。

ヒューマンルネッサンス研究所 所長
中間 真一
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