大学に神戸の女子中学生が3人やってきた。修学旅行の中での調べ学習で、「沖縄の自然と観光」について話が聞きたいのだと言う。前日に那覇空港に降り立ち、その日は南部の戦跡めぐり。本日はマリンスポーツ体験をした後、グループごとにあちこちに分かれて学習をするのだという。翌日の予定は、国際通りの観光と、首里城見学。
「まだ、1日半しかたっていないけど、沖縄の印象はどう?」
こちらから質問をしてみた。
「ええと、やっぱり海がキレイだったです」
つづいて、もう一つの質問。沖縄にいる生き物と言ったら、どんなものを知っている?
「ええと、ヤンバルクイナ」「イリオモテヤマネコ」「なんだっけ......ノグチゲラ」
こんな答えが返ってきた。同じ質問を沖縄の高校生にしたことがあるけれど、ほぼ同じ回答だったよと僕は彼女たちに言った。でもね......と続ける。
「みんな、沖縄に来て、ずいぶんと都会だと思わなかった?ほら、この大学の周りなんて、ほとんど緑がないよ。だからね、沖縄に住んでいる中学生だって、ヤンバルクイナなんて、そうそう見ない。じゃあ、那覇の中学生たちが、普段見ている生き物ってなんだと思う?」
僕は、大学近くの中学生に、「通学途中で見かける生き物は何?」と質問をしたことがある。そのとき5つの生き物の名があがったのだが、その生き物の名を、神戸からやってきた中学生たちに予想してもらったのだ。
「うーん、なんだろう?」しばし悩んだ後、「カラス?」と答えが返ってきた。
「そうそう。そうなんだ。沖縄の中学生も、那覇にすんでいたら、都市で見られる生き物を見ているということなんだよ」
ただし、沖縄の都市部には、カラスは出没することがほとんどない。そのため、那覇の中学生の回答はハトだった。
「あと、アリ?」
これも、いい線をいっている予想だ。確かに街中にもアリはいる。ただ、那覇の中学生の回答はゴキブリだった。南の島沖縄では、夜間になると道路の上でもゴキブリが普通に活動をしている。
それ以外の回答は、「イヌ」「ネコ」「草」というものだった。
「だからね。沖縄の生き物といったときに、イメージと実態ではギャップがあったりするわけ。沖縄でも都市化が進んでいて、そうしたところでは生き物を見かけることがあまりない。でも、那覇の中学生の回答を聞いて、もう一つ思ったことがあるよ。それはね、草という回答があったこと」
植物も生き物の中に含めてくれたことは大変うれしかった。一方で理科教員である僕には、「草なんていう名前の植物はない」という思いもわいた。そこで気が付いたのは、都市には自然がないということもあるのだが、現代社会においては、自然があろうがなかろうが気にならないくらしをしているということだ。
神戸からやってきた中学生たちに、「君たちの学校の校庭にどんな草が生えているか、すぐに言える?」と聞いてみたら、やはり笑いながら首を振っていた。
イメージと実態の間のギャップに気づくこと。
自然は気づかない存在になっていることを知ること。
自然とは何かを考える時、その二つのことが重要じゃないかなと、僕は中学生たちに話をした。そして見せたのは沖縄の海岸の砂だった。ざらりと袋の中の砂を机の上にあける。○○ビーチと名付けられた海岸の砂だ。たくさんの貝殻も含まれている白い砂。ただしこれは天然ではなく、人工ビーチのものだ。沖縄の海岸は護岸化や埋め立てが進んでいる。そうして自然の海浜を壊した後で、わざわざ人工のビーチを作り上げている。ビーチを作るのに使われる砂は、沖合の水深50メートルほどの海底からポンプでくみ上げたものだ。砂に含まれている貝殻が壊れていないものが多いのは水深が深い海底に堆積したものなので波の作用がほとんどないから。そんな話をしながら、砂の中に含まれる貝やウニの殻や海綿などについて説明をしていった。今度、人工ビーチの砂を見かけたときに、それと気づくように。
「南の海ってキレイと思っても、足元の砂はこんなふうに、ほかのところから持ってこられている場合が多いんだ。沖縄に観光に来る人が、そうしたことに気付くようになってほしいと思うよ。そうしないと、南の島に観光に行くと言うイメージだけが強くなってしまうでしょう。それなら、沖縄じゃなくて、ハワイでもグアムでもいい。いや、沖縄にきているはずだけど、どこでもない、南の島っていう商品を消費するっていうことになっちゃうから」
1時間半ほどのやり取りの最後の頃、あちこちのグループの学習さきを回ってきた、中学の先生が教室に顔を出した。さっそく、中学生たちは、「これは海綿でね......」などと、砂の中に含まれる生き物のカケラについて、先生に説明をし始めている。そのやりとりが、ほほえましい。
沖縄の自然をどんなふうに人に伝えていくのか。僕にとっても、そのことを考えるいい機会がもらえたと思う。