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【ゲッチョ先生コラム】時間を見る者
盛口 満

 前に勤務していた高校を退職して14年目になる。それでも、その学校の教え子たちとは日常的というほどではないが、それなりにやりとりがある。そのうちの一人、最後に担任をしていたYから結婚式に招待された。んん? それってひょっとしてスピーチとか期待していない? 恥ずかしながら結婚式のスピーチにはトラウマがある。友人の結婚式場のこと、突然スピーチをふられ、あがり症のあまり貧血でぶっ倒れてしまったことがあるのだ。じつは教員という仕事をつづけてはいるが、基本的に人前で話すのは大の苦手である。

 「もちろん、スピーチお願い」

 容赦のない返信がきた。ともあれ、一度失敗はしているので、対策をとるぐらいの知恵はある。簡単な話、原稿を書き上げて読み上げることにした。これならいくらあがり症でも倒れることはあるまい。

 

 「どうもこの手のスピーチが苦手なので、四苦八苦しながら原稿を作りました。知り合いの研究者に、バヌアツという国で調査をしている人がいます。このバヌアツの結婚式が大変なのだそうです。新郎の紹介だけで半日かかる......。なぜかというと、新郎、新婦のそれぞれ15世代前から紹介が始まるのだとか。15代前の○○さんは......と。いったい、何年前の話になるのでしょう。ちゃんとこれを覚えていて、スピーチをする人がいる。新郎、新婦に赤ちゃんができると、15代目のご先祖さまはキャンセルされて、この赤ちゃんの歴史があらたに加わるわけです。すごいな、と。人間はせいぜい、100年の範囲内でしかものを考えられない。人という生き物の一生の範囲が、時間のスケールになっている。ところが、それを乗り越える知恵がある。その知恵とはなにも科学とは限らない。このバヌアツの話は、生き物はいのちをつなぐもの......という、人にあってもその本質であることを教えてくれる話ではないかと思います。少しだけ、"つなぐもの"という話をさせていただきます......」

 こんな話からスピーチを始めた。

 自分のことを振り返ってみる。自分にも、もちろん15世代前の先祖がいるはずだ。顔も名前もわからない、その人がいて、僕にいのちがつながっている。

 それだけではない。僕は教員という仕事をしている。このところ、教員は不思議な商売だと思うようになった。なんとなれば、自分の親族でもないのに、人の一生のある側面に限られた程度においてではあるが、寄り添うことがあることに気付いたからだ。僕が最初に教えた教え子たちはもう、40も半ばを超えている。今回のように教え子の結婚式に呼ばれることもあれば、教え子どころか教え子の子どもと一緒になってお酒を飲んだりすることもある(教え子の子どもでさえ20歳を超えていたりするわけだ)。そうした連続した関係で、初めて見えてくることがある。教員とは時間を相手にする商売である......と思う。

 

 結婚式の会場には、ほかに何人か新婦の同級生......つまりはこれまた教え子たちもいた。14年ぶりの再会である。その中の一人と、これをきっかけに何度かメールをやりとりすることになる。震災で避難し、そのことで傷つき、悩みつつも、その悩みすらうまく打ち明けられる人間関係が周囲にはない......そんな話に、アドバイスを与えられるわけでもなく、ただうなずくような返信を打つしかない。それでも、気が楽になったと言ってもらえると嬉しい。

 返信の返信の一文に、こうある。「教育者は人を見て、認めて、その人の先の時間を見ている人だと思う」と。今の自分がそうあるかどうかは別として、教え子に、教員のなんたるものであるかということを逆に教わる。教員とは時間に関わる商売をしている人というだけでなく、「時間を見ている人である」のだと。僕が今ここにいるのは、僕一人の力によってではない。過去を振り返れば、連綿たる人のつながりがあるはずである。未来をうかがえば、そこにも連綿たる人のつながりがあるはずだ。いや、今は見ることのできない、未来の人のつながりを「見て」、「それ」を語ることで、そのような未来が作り出されるのだと。

 バヌアツの結婚式のスピーチを語る特別な人は、おそらく長い年月をかけて生み出された人々の知恵だ。僕たち教員もまた、その「特別な人」としてある。


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