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てら子屋コラム

卵を立てて卒業した
中間 真一

 3月には卒業という大きな節目が訪れます。多くの人にとって思い出の多い時期でしょう。そこで、「てら子屋便り」の手始めとして、20年以上前の卒業研究の思い出を、恥ずかしながら紹介しようと思います。

 工学部というところは、実験により仮説を論証する卒業研究が圧倒的に多いわけです。私の所属していた研究室も、作業による人間の疲労や、動作の問題について、先輩や仲間たちが日夜実験に取り組んでいました。ちなみに、私が関心を持ち、先生や先輩の人柄に惹かれて入った研究室は、IE(インダストリアル・エンジニアリング)を主たる研究領域としていました。

 しかし、私は卒業研究どころか、卒業のための単位取得に追われ、体育会の最上級生ということもあり、実験を重ねて論文を書いて卒業できる見込みは、限りなくゼロでした。論文のテーマも決められず、「やはり、4年で卒業は無理かな」と思い始めていたある日、先生の部屋に呼ばれて言われました。「おまえ、机の上に卵を立てる方法をいくつ言える?出せるだけ出してみろ」と。こういうことなら、なんとかなりそうな私です。即座に10くらいは挙げました。しかし、それでは許してもらえません。「ぜんぜん足りない。もっとたくさんのアイディアを出すためには、どうしたらよいか。それから考えて、何百案か出せたら持ってこい」。私も剣道をやっていましたから、正面切って挑まれて敗走したくはありません。それから、寝ても覚めても頭の中は「卵の立て方」で埋め尽くされました。

 百くらいを出して持って行きましたが、まだダメです。「卵に小さな穴をあけて、底におもりを入れる」というアイディアを出せば、「砂を入れる」「鉛を入れる」「中身を抜いて水を入れる」「ヘリウムガスを入れてふたをする」などと付け足し、とにかく数稼ぎ、制約条件など後回しのアイディア出しです。「卵の周囲に気流の渦をつくる装置を使う」「無重力空間に持って行く」など、何でもありです。こうして、たぶん数百のアイディアを出した時、ようやく先生のOKをいただきました。何百ものアイディアは、結局ツリー構造で表して、その気になれば、ツリーに従って、さらにアイディアの枝を増やせる構造ができていたわけです。先生にほめられることなど滅多に無かった私は、結果に満足してもらえたことでうれしくなっていた覚えがありますが、自分のしたことの意味や価値については、まったくわからないままでした。

 そうこうするうちに、就職のための面接の機会がありました。理工系学生の面接では、卒業研究の内容が問われます。しかし、その時の私は、卒業研究には着手していません。どうせダメモトと開き直った私は、居並ぶ面接担当の方々を前に、「私の研究テーマは、卵の立て方です」と、話しを始めました。そして、おもむろにホワイトボードに卵の絵を描いた覚えがあります。何を話したかは忘れましたが、最後の質問は「このテーマには、どんな意味があると思いますか」という内容だったことを覚えています。その答えは、私自身が知りたいことでしたから、うまく答えられませんでした。そして「この会社に採用されることはないだろう」と確信しました。

 その後、私はどういうわけか、その会社に採用されました。ずいぶん度量の大きな会社だと思う一方、卵を立てる会社ではないので自分の仕事は何になるのだろうと不安にもなりました。そして、入社から数年間、工場の現場での作業改善や品質改善のお手伝いにたずさわるうちに、なんとなく「卵の立て方」の意味と価値に、気づき始めたのでした。研究室の恩師が訳した本に『問題解決のアート』(R・L・エイコフ著、川瀬武志・辻新六訳、建帛社)があります。学生時代には、その本の価値などわからず、英単語を追っているだけでしたが、それもわかるようにな気分になってきます。ジグゾーパズルのごとく、次々に自分の中に散らばっていた知の断片がつながって、絵になって、腑に落ちていくような感じでした。

 つまり、私たちは、無意識のうちにあきらめてしまっている、素晴らしいアイディアを無数に持っているということに気づき始めたのです。非常識な数の「卵の立て方」を挙げることは、私たちの常識という大きな問題解決の壁を壊し、問題解決の可能性の広がりを示してくれていたわけです。その道具の予感もあったわけです。きっと、これこそ「問題解決のアート」、「改善の美学」なのかもしれません。知らぬ間に、私はとても大事なことを教えていただいていたのでした。そして、働く中での体験を通じて、ようやくそれに気づくことができたのです。

 創造性とは、それほど特別なものではないように思います。普段の仕事や遊びや学びから、いろいろなものが次々に触発されてきます。そして、その能力は、インプットされる情報と反応する、その人の体験の広さと深さによるのではないでしょうか。だから、やっぱり子ども時代が大事です。子どもたちの「あたりまえ」の成長環境を、子どもたちの「果てしない」好奇心を、大人が削いではならないと思います。

 結局、私の表向きの卒業研究は「日本企業の研究開発行動」でした。膨大な量のアンケート調査データの解析から得られた、成功した研究開発の最も重要な因子の一つに「狂気」があったことが印象的でした。そして、私の「本気」の卒論は「卵の立て方」です。そんなことを、毎年の春の始まりに「立春の卵」で思い出すのでした。


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