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てら子屋コラム

「点」からの「国際理解」
鷲尾 梓

 大学在学中にカリフォルニアに留学したときのこと。お世話になったホームステイ先に、10歳の男の子、ゴーディアンがいた。彼にとって、日本は「ポケモンの国」だった。

 ポケモンを除けば、彼は日本についてほとんど何も知らなかった。ある日、遊びに来た友だちに「アズは中国から来た」と話しているのを耳にして、「違うよ」と言うと、「でも言葉は同じなんでしょ?」と聞いてきた。二人とも、日本と中国の関係はアメリカの「州」のようなものだと思っているようだった。ゴーディアンの部屋の壁に貼ってあった世界地図で日本と中国を指差しながら、たどたどしい英語で、日本と中国は違う国だということ、言葉も違うのだということを説明した。

 同じような経験は他にもあった。夏休みを利用して国立公園をまわる旅の途中だった。国立公園のスタッフに「日本から来たの?今日地震があって、被害が大きいらしいぞ」と言われ、あわてて真夜中の日本に電話をした。「台湾で地震があったけど、日本には影響なかったよ」-電話の向こうの家族の言葉に全身の力が抜けた。そうか、アメリカから見たら、中国も日本も台湾も、「だいたいあの辺」というひとくくりなんだろうな・・・

「こちら側から見たら、そうなんだ」
-思えば、それは留学中に学んだ、最も大切なことのひとつだったかもしれない。ゴーディアンの部屋に貼られた世界地図の中心は南北アメリカ大陸で、日本は隅の方にあった。私にとっても、そんな世界地図を目にする経験は初めてだったのだ。子どもの頃に慣れ親しんでいた世界地図の真ん中はいつも日本だったし、地球儀は日本が赤く塗られていた。他の国の子が当たり前に使っている世界地図や地球儀が自分のそれと異なることなど、考えてもみなかった。その頃の私にとって、日本以外は全て「外国」というひとくくりだった。

 けれど、ゴーディアンと出会い、日本の外に特別な場所がひとつできた。そしてその後も、仕事や旅行でさまざまな場所を訪れたり、反対に迎え入れたりするたびに、世界地図の上にそんな「点」が増えてきた。それは、大きな世界地図の中ではひとつの「点」に過ぎないけれど、「ここに○○さんがいる」と、その顔を思い浮かべて思いを馳せることのできる場所だ。

 日頃自分に直接関わりのない世界について、「だいたいあの辺」「だいたいこんな感じだろう」とひとくくりにしてしまいたくなるのは、ごく自然なことだ。そうしなかったら、私たちは膨大な情報を処理しきれなくなる。けれど、世界の中にひとつでもふたつでも、誰かの暮らしを具体的にイメージできる「点」があれば、世界はそんな「点」からできていることに思いを巡らせることができるようになる。自分にとってはたいしたことのないように思える違いが、他の誰かにとっては大きな意味をもつかもしれないことに、思いが至るようになる。その場所で起きていることを、自分にも関わりのあることとしてとらえられるようになる。

 今日では、学校でも「総合的学習の時間」を利用して国際理解協力に取り組む機会も増えている。留学生を招いてその国のことを話してもらい、交流をはかる形の授業も行われてきているようだ。言語を身につけたり、様々な国についての知識を身につけたりすることももちろん大切だが、ひとつひとつの「点」をていねいに刻んでいくようなチャンスが、さらに増えていくことを願っている。


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