HRI×フロンティア

2017.03.15

『対談シリーズ:人と機械、そのインタラクションの未来を語る』 ①後篇

~①自動運転研究のフロンティアより【後篇】~

vol.2:自動運転の品質管理を考えるための視座

要素技術を極めた上で全体像をつかむ

佐倉:前半では自動運転から始めて、その品質を考えるところまで話が進みました。

伊藤:品質管理を研究しているある先生が、学生に指示された話が印象に残っています。その先生は学生たちに、品質管理の研究をした上で就職後は、要素技術をやるようにと仰っていました。若いうちに要素技術の経験を積んで理解し、然る後に再び管理技術に移るよう勧めているのです。

佐倉:大学時代に研究したとはいえ、最初からいきなり品質管理に行ってはダメだと。管理の対象となる要素技術を理解することが必要なわけですね。

伊藤:三現主義というように、現場で起こっている事象の細部までを、物理的な機構レベルで理解しておかないと、本当の管理はできないという教えでしょう。全体を見渡せる人を表す言葉として、最近使い始めたのがコンダクターです。指揮者は個別の楽器のことを熟知した上で、指揮棒を振るわけじゃないですか。ヒューマンファクターに関してもコンダクターが求められているのです。

佐倉:ということは、若いうちから管理工学だけを専門でやるより、要素技術を専門的にマスターするところから始めて、30代後半ぐらいになってから管理工学へと広げていくのが良いのでしょうか。

伊藤:たぶん、そうせざるをえないでしょうね。ただ、大学では要素技術だけをきっちりやれば良いという話になると、ヒューマンファクター担当の僕自身の存在価値が揺らいでしまうのですけれど(笑)。

佐倉:日本の大企業のトップや政治家には、理工系出身の人が少ないですね。ヨーロッパでは、ドイツのメルケル首相が物理学者で博士号を持っていたり、イギリスのサッチャー元首相は化学科の卒業、カルロス・ゴーン氏もフランスで工学系のグランゼコール出身と、全体を見渡すトップに理工系の人が多い印象があります。これに対して日本では理系というとスペシャリストとして位置づけられてしまいがちですね。これはもったいない話です。逆に文系の学生にも、理工的なセンスを身につけられるよう数学や統計学などをもっと教えるべきだと思います。

伊藤:確かにそのとおりだと思います。

佐倉:ところで伊藤先生の教室に来るのは、やはり要素技術だけではなくて全体像を捉えたい学生が多いのですか。

伊藤:そうとは限らないですね。ただ社会人で入ってくる方は、個別の理解だけでは全体像を見渡せないとの自覚があり、体系的に知識を学びたいという人が多いようです。

佐倉:特に社会人向けをアピールしているわけではないですよね。

伊藤:もちろんです。建前としてはリスクを幅広く学ぶことになっていますから。うちの専攻には私が担当するヒューマンファクターがあり、確率統計でリスク分析の方法論を研究している先生もいる。ほかにも情報セキュリティと都市工学、エネルギーセキュリティなど幅広い分野の研究者がいて、いずれもリスクというキーワードでつながっている感じです。だから、リスクに関するジェネラリストを育成する形にはなっているのです。

佐倉:けれども就職先はメーカーやサプライヤーに偏ってしまう?

伊藤:そうですね。私の研究室はメーカーやサプライヤーが多くて、エネルギーをやっているところだと電力関係が多くなりますね。

電車の自動運転は可能か

佐倉:乗り物の自動運転といえば、電車はほとんど自動的に動いています。電車は社会的インフラとして成立していますが、なぜ、今のような形にすんなりと収まったのでしょうか。

伊藤:新幹線なんかは典型的な自動運転と言ってもいいくらいですしで、つくばエキスプレスもほぼ自動運転です。つくばエキスプレスの運転士の作業は、発車時と停車時のブレーキ操作とドアの開閉だけ。動き出しから止まるまでは基本的に自動運転で、運転士がやる作業はありません。このレベルでの自動運転が可能なのは、外乱が入らない構造になっているからです。要するに地下か高架しか走らないので踏切がないのです。

佐倉:普通の線路だと踏切がネックになるわけですか。

伊藤:運転士は常に600メートル先を見通すよう求められています。これは最高速度で走っているときに急停止するまでの距離です。この距離を自動運転で見通せるかといえば、現実問題として不可能です。

佐倉:600メートルって 、そんなにも人間の目は優れているんですか。とてもそうは思えませんが。

伊藤:人間の目でも実際には600メートル先を見通すなんてほとんど不可能です。常に線路が真っ直ぐなら見えるでしょうが、ちょっとでも曲がると見えなくなります。ただ、現実問題として見えていないとしても、踏切に進入した車と衝突した場合に、運転士が責任を問われるケースはまずありません。

佐倉:にも関わらず自動運転に切り替えようとすれば、機械が600メートル先を常に見通せないとダメだという議論になりそうですね。

伊藤:見通せないのなら線路にカメラを付けるという話になりますが、そうなるとコストに直結します。だから鉄道でも、既にできあがっているところに自動運転を押し込むのは、簡単な話ではないのです。

佐倉:コスト/ベネフィットが問われるわけだ。

伊藤:ただ自動運転による人件費削減といっても、お客さん一人あたりで考えた運転士の人件費なんて微々たるものでしょう。だから自動化によるメリットは、コストダウンではなく輸送密度を上げることだと思います。前後の列車の間隔を保ちながら密度を高めていくには、極めて細かいコントロールが必要で、そこを機械に置き換える方向性はありますね。

佐倉:東京の地下鉄などラッシュ時には1分間隔位できますけれど、あれは自動化されているわけではないのですね。

伊藤:そうです。人が運転しています。もちろん赤信号を無視したりすれば、自動でブレーキがかかりますが、信号確認して操作するのは運転士ですね。

佐倉:間隔を維持するといえば、飛行機も同じですね。ある飛行機が飛んでいる空間に、別の飛行機が入ってはいけないという。

伊藤:飛行機の場合は航路や高度などがだいたい決まっています。離陸すると管制官の指示に従って、自動システムで飛ぶようになっています。ただし、例外的な対応は人間がやる。例えば2機が衝突しそうな場合は、どちらかが上に行き、片方が下に行くようにまずコンピューター同士で調整します。ただし、コンピューターの指示に従うかどうか、最終的な判断をするのはパイロットです。

佐倉:コンピューターとパイロットの話では、もう20年以上前だと思いますが、名古屋空港で着陸に失敗した事故(中華航空140便墜落事故、1994年)が印象にのこっています。あの事故の原因が、パイロットとコンピューターのせめぎ合いだったと何かで読んだ記憶があります。

伊藤:着陸態勢に入って落下していくときに、例えば雲がかかっていて滑走路が見えない場合などは、ゴーアラウンドといって、いったん上昇してから着陸をやり直します。操縦桿には、そのゴーアラウンドのためのレバーが付いています。あの事故の時には、着陸態勢に入っていたにも関わらず、そのレバーをパイロットが何かのはずみで押してしまったんですね。だから機体は上昇モードに入った。ところがパイロットは強引に着陸しようとした。

佐倉:それで事故が起こった。

伊藤:人間とコンピューターが違う意思を持ってしまったのに、お互いがコミュニケーションできなかったのです。

理想の自動運転はどうあるべきか

佐倉:もう一度、自動運転に話を戻しますが、やっぱりビジョンが重要だというお話ですね。

伊藤:自動運転のビジョンを語るなら、正直なところ私は、完全な自動運転は必要ないのではないかとさえ思っています。

佐倉:ある程度は人がサポートするというやり方ですか。

伊藤:自動運転の技術を使い、人間の運転をサポートできれば良いのではないでしょうか。もちろん、過疎集落の高齢者の方々を病院や買い物に連れて行く手段としての自動運転はあって然るべきだと思います。けれども、それは限られたエリアでの話です。

佐倉:その場合は、乗り合いタクシーのようなものも選択肢に入りますね。

伊藤:自分では運転できない人、用途が限定されている人向けの自動運転はありうると思います。ただし、それを社会的にペイする形に持っていくには、まだ議論が必要でしょう。だから、人の運転をサポートしながら、いざという時にリスクを早めに感知するとか、危機対応してくれるなどの方向性で進めるのが良いと思います。

佐倉:とはいえ自動化が進むとリスクに対する意識が薄れるのではないかと危惧します。バランスのとり方が難しそうですね。

伊藤:そうですね。そのあたりはこれからの課題だと思っています。

佐倉:これまでの研究の中で、人間による運転について何か発見はありましたか。

伊藤:人の行動には、ことごとく予想を裏切られますね。例えば自動運転中に、人が引き継がなければならないような仕掛けを仕込んでテストしてみました。あわてなくても良いように、ドライバーがゆとりを持って対応できるだけの時間をとっておいたのです。すると、人間は、なんかおかしいと感じながらも、ちゃんと運転できてるじゃないかと受け取って、すぐには対応しないのです。逆に「もうダメだ」といきなり切り替えたほうが、的確に反応する。

佐倉:要するに、あまりおせっかいをやかずに突き放したほうが良いということですか。

伊藤:安全性の確保という観点からは、そうとも言い切れないのです。スパッと制御を切ってしまうと、クルマはふらついてしまうという研究成果もありますから。まだまださまざまな知見を集めて、総合的に判断していくのがこれからの作業です。

佐倉:人と機械のインタラクションについては、考えるべき課題がまだたくさんありますね。

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