未来スコープ

今日できないことができる明日を“創作”する

~株式会社ホオバル・新城 健一氏~

2019.02.22

社会・技術・科学の未来を描き出すヒントを得るために、先進的かつ独創的な未来ビジョンを持った有識者へのインタビューを行う「未来スコープ」。

第6回目は、サービスプロデューサーとして幅広いジャンルにおいて次代の社会を少しでも明るくするための戦略コンサルテーションや世界観構築に携わる新城健一氏に、未来社会のつくりかたについて語っていただいた。

新城 健一氏

株式会社ホオバル新城 健一氏

サービスプロデューサー。株式会社ホオバル取締役。
フリーライターとしてキャリアをスタートし、大手家電メーカーの新製品コンサルテーション、日本の地域産業プロダクトの海外展開、伝統芸能の普及活動、メディアプロデューサーとしても活躍。
現在、共同共創型スタートアップコミュニティ Mistletoe コンテクストデザイナー。医療VRベンチャー HoloEyes株式会社取締役兼CSO(最高営業責任者)。サービス多様性爆発カンブリアナイト主宰。Mistletoe未来の教育、学芸大こども未来研究所教育支援フェロー。センサー×心理学 株式会社Sollation顧問。音声感情解析 株式会社Empathファンタジスタ。AI時代の教育プロジェクト 東京学芸大こども未来研究所 教育支援フェローなどを兼務。著書に『「価値」が伝わるしくみのつくり方』(U-CAN社)など。

個人が個人名で社会にコミットする「自律社会」へ

僕はいま名刺を6種類ほど持って活動しています。会社をつくった経験はありますが、一度も就職をしたことがありません。今年51歳になるんですが、30年ほど前から「個人が個人名のまま社会にコミットする時代が来る」ってずっと言い続けてきました。そして自分だけではできないいろんなことを、いろんな会社と手を組んでつくってきました。「自律社会」として描かれているような、まさに僕が目指したい未来がやっと来るんだなと肌で感じています。

僕がつくりたいのは“閉塞感の無い毎日を送れる社会”。僕の関わっているHORBALという会社でも「今日できないことができる明日。」を理念に掲げています。

そんな未来を実現するには「自分の成長」、「誰かと協力」、そして「道具の活用」という3つの方法があります。自分一人でできなければ誰かと手を組めばいい。能力が足りなければ道具を使えばいい。そのために自分も常に学び続け成長することが大事です。僕の理想は「機械と人とのケンタウロスモデル」です。機械と人が敵対関係ではなく、一緒になって手を組むことでもっと遠くに行けるというような世界を思い描いています。

未来志向で取り組むさまざまなプロジェクト

HORBALという社名は「ご飯を頬ばる」から来ておりまして、食や健康、教育を支援するサービスデザインや世界観設計など、協業やコンサルを行っています。

孫泰蔵さんがファウンダーとして立ち上げたMistletoeにも参画して、現在は東京学芸大学とMistletoeとの産学連携で未来型教育を開発・提言するための「教育イノベーションセンター」をつくっているところです。

Empathという音声感情解析のベンチャーには「ファンタジスタ」という肩書きで関わっています。言語の解析ではなく音声だけで感情を解析するのが特長です。多言語に対応できるため海外でも使われるようになってきていて、アラブ首長国連邦の内務省でも導入されています。

さらにぶっ飛んだプロジェクトとしては「異種族間コミュニケーション」が実現する世界を考えています。ある種の植物は、イモムシに葉っぱを食べられると揮発性ガスを出してイモムシの天敵であるハチを呼び寄せて、イモムシから身を守るのだそうです。面白いことに人間がその葉っぱをちぎってもそんなガスは出ない。人間にはわからないけれど、植物同士がガスを出したり、昆虫同士もコミュニケーションしている。それが人間にもわかるようになったら世界はどういうものになっていくのか、実験的に模索したりしています。今はブタのような家畜は「経済動物」なんて呼ばれて当たり前のように食用にしていますが、ブタがすごく嫌がっていることがわかれば食べるのが嫌になるかもしれない。そうなると産業構造自体が大きく変わる可能性があります。

「みえる・わかる」から「できる・かわる」ためのテクノロジーを

5億5000万年前のカンブリア紀、生物の多様性が爆発的に増えました。その理由としては、この時期に生物が「眼」という器官を初めて手に入れて光を捉えることができるようになった結果、捕食や逃走など行動の多様性を生み出して進化の後押しをしたんじゃないかと言われています。僕はこの説が大好きで、サービスの多様性爆発を生み出すことを願い、「カンブリアナイト」というコミュニティイベントも主催しているほどです。

センサーはテクノロジーによってつくられた新しい「眼」だと思うんです。センサーによっていろんなものが「見える」・「わかる」ようになってきた。だから「できる」・「変わる」っていうループをつくれるようになるんですね。

しかし多くのメーカーは「見える」・「わかる」までは得意ですが、そこで終わってしまう。たとえば身体データを見える化して「調子悪いですね」とか「昨日よく寝ていないですね」って、見えた、わかったことをユーザーにそのままフィードバックしちゃう。でもユーザーはそんなフィードバックされても、どうすればいいかわからないから変われないし、嬉しくもありません。

かたや「できる」・「変わる」を支援するスポーツトレーナーや食や教育、介護や医療の専門家はヒューマンタッチなやり方でサービスを提供してきた人が多くてテクノロジーには疎い。だから「見える・わかる」と「できる・変わる」を出会わせる必要があるんです。ここに僕の役目があると思っています。

世界観のつくりこみが共感の輪を広げる

僕の携わっているさまざまな仕事は一見するとバラバラで雑多な活動だと思われるかもしれません。でもこれからの社会は“行動”の一貫性よりも個人の“思想”の一貫性が必要になると思うんです。思想さえ一貫していれば、いろんな仕事をやったとしても自分の中ではぶれずにひとつの世界観をつくり上げられる。

僕のキャリアのスタートはフィクションのライターでした。小説も執筆しましたし、ゲームの攻略本や設定資料集など40冊以上も出版しました。 その中でゲームの設定資料集づくりをした経験が現在の僕のサービスの世界観設計のやり方や考え方につながっているかもしれません。あるシューティングゲームでは世界に3つの国があってその国を行き来しながら遊ぶのですが、その国ごとの背景を設計しました。3つの国にそれぞれどんな部族がいて、その国の歴史や文化形態、死生観、娯楽はどのようなものか、またその国ではこんな書物が発禁となっている、その背景には政治的にこんな意図や価値観があるといった裏設定までつくりこんでいきました。

それらを設定資料集として1冊にまとめると、その世界観に基づいて制作チームが続編をつくってくれました。さらにゲームをプレイする人にも面白く読んでもらえたので、ゲームをしながら深読みがされるようになって、より豊かな解釈や遊び方を見つけてもらえるといったことも起こったんです。

ビジネスにおけるフィクションのチカラ

フィクションっていう言葉はビジネスや経営の世界では嫌われる傾向にあります。それは今に始まったわけではなく、今から200年前、『ロビンソン・クルーソー』の小説が最初に出版されたときも「主人公本人が書いた実際の日記だ」と言って販売されたらしい。フィクションを無意味なものとして軽視したり実体験以外に価値はないといった考え方が今も昔も変わらずにあるのかもしれません。

でもフィクションっていうのは僕にとって、いまだ来ていない「未来」の話。こういう世界に行きたいじゃん、っていうことを描いたものです。行きたい未来のディテールまで詳しく思い描けば描くほど、これ実現できるじゃん、って思えてくるんですよ。僕にとってのフィクションはファンタジー(夢想)ではありません。エビデンスを持った「仮説的物語」なんです。そしてフィクションをノンフィクションにするのが実事業だと捉えています。

ありたい未来を見つめれば現実はおのずとそこに近づいていく

暗い未来の話ばかりしたがる人もいますが、行きたくない未来を話し続けていること自体がダメだと思うんです。自動車の教習所でも運転の際ガードレールばかり気にしていると車体が自然とそっちに寄って行くから自分の行きたい方向を見ろ、って教わるじゃないですか。そっちばかり見ているとそっちに行くと思うんですよね。それならば「こうなりたい」という未来を描いた方がいい。現状の危機感からスタートしてこうなったら嫌だなという思いを積み上げながら未来を描くのではなく、なりたい未来をいきなりポコンと置いちゃうんです。

それって夢じゃん、フィクションじゃんって言われたら、だってこんな未来が来るとよくないですか?こうなりたくないですか?と聞き返せばいい。そりゃ行きたいよ、って言われるようなフィクションを描けたらしめたものです。どうすれば実現できるかは後から考えればいいんです。とにかく、想像する未来を見ていれば現実はそこに近づいていくんです。

聞き手のつぶやき

空想や妄想のたぐいは多かれ少なかれ誰でもしているが、皆がそこから何かクリエイトしている訳ではない。ではクリエイターと呼ばれる人とそうでない人々を隔てるのは何か?新城さんのお話しを聞きながら、それは“ディテールへの描き込み量”の圧倒的な差分にあるのではないかと思った。そこに登場する人々の表情や性格、生活風景、背景の小道具や仕掛け等々、細緻を極めて生き生きと描き込まれたストーリーは、もはや空想ではなく現実として目の前に立ち上がってくるのだと。
(聞き手:澤田美奈子)

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