FUTURE SCOPE

2019.03.01

新たな貨幣モデルが“社会の不自然さ”をなくす

PEACE COIN OÜ・阿部 喨一氏

阿部 喨一氏

 社会・技術・科学の未来を描き出すヒントを得るために、先進的かつ独創的な未来ビジョンを持つ有識者や、その実現に取り組む革新者へのインタビューを行う「未来スコープ」。
 第9回目は、PEACE COINという新たな通貨の導入によって、既存の貨幣では可視化が困難な価値についても、人々がやり取りできるようになる多様で豊かな社会を目指すPEACE COIN OÜ・阿部喨一CEOに、HRIの描く自律社会、自然社会のイメージとも重ねて未来を語っていただいた。

本来“貨幣”は人が幸せになるためのツール

 これまで私は、投資など金融の仕事をしてきました。そもそも「お金は何のためにあるのか?」と考えると、人が幸せになるための道具としてある。だからこそ、これほど長く使われてきているに違いありません。おそらく、人がつくり出したものとしては、宗教を含めて人類が最も古くから持ち得ているツールではないでしょうか。したがって、貨幣という仕組みには、私自身、非常に可能性を感じています。
 貨幣とは、人が生存するための価値交換ツールといえます。近代の貨幣システムを振り返ってみると、まだ50年足らず(1971年のニクソンショック以降は金本位制が完全に崩壊した)しか経っていません。しかし、人口増大を前提とする経済圏では、そのシステムが設計された通りに成長をし続けてきました。とても優れた仕組みです。
 反面、すごく不自然だと思うことがあります。それは貨幣をいかに獲得するかが、人類の最大の課題であるかのようなデザインに陥ってしまっているところです。本来あるべき、人が幸せになるために価値交換をするのではなく、貨幣を効率よく獲得し、貯めることが残念ながら目的化しています。仮に今、子どもたちから「何でそれが幸せなの?」と尋ねられたら、私たち大人はその問いにしっかりと答えられないのではないでしょうか。

貨幣は公平な投票権

 人々が貨幣を効率よく獲得していく方向に進むのは、貨幣のモデルが単一であるからだと思っています。その課題に対して、もう一つ、別の新たなモデルを導入していこうというのが、PEACE COINの取り組みです。
 私は大きな問題意識として、「平等」と「公平」の違いが重要だと捉えています。それは、今の民主政治が敷かれている社会では、誰もが1人1票を持ち、“平等”だといわれています。ただ、「これって本当に機能しているの?」と首を傾げたくなる時があります。
 一方で、私たちは「これが好き」「あれが良い」と思った時、モノやサービスを購入して、リアルに意思表示することができます。貨幣にも、ある種の“投票権”という側面があるといえます。
 海外などチップの文化がある地域では、たとえば、1,000円の値付けがされたサービスに対して額面通り1,000円を支払うのも、稀かもしれませんがアリです。実際には、ある人は1,100円、あるいは1,200円と、それぞれ思い思いのチップを上乗せして、支払いをします。
 このように貨幣は、その使い方がひとり一人の裁量に委ねられ、自由です。そのため、チップのような価値の可視化といった前提条件を考慮して機能させることで、人が貨幣を使う行動を通して、“公平”な世の中の実現に近づくはずです。

評価されずに貧しくなる社会デザインを解決したい

 現在、世の中に出てきている仮想通貨と呼ばれるものは、既存の通貨をリプレースするものが大半です。新たな課題解決や価値創造を担っているものは、まだ数少ないというのが実情です。
 それでは、PEACE COINはどうなのか?どこが違うのか?たとえば、飲食店で働く人がお客さんに料理を提供すると、対価として賃金がもらえます。しかし、子育てや親の介護など、家庭で大切な家族に同じように食事を振る舞う人には、賃金が入らないばかりか、お金が出ていく一方です。家事労働やボランティア活動は、あたかもそれらに従事する人々が貧しくなるかのようなデザインがなされた今の社会となっています。
 こうした課題に対して、空想ではなく現実に解決を行うために、PEACE COINの活躍の場面が出てくると考えています。

増大・減少する貨幣で“感謝創造”を循環

 PEACE COINでは“ARIGATO CREATION(感謝創造)”と名付けていますが、お金をどんどん使うと、良い感じが増す循環をつくっていきたいと考えています。そして、家事やボランティアのように成長を前提としない市場であっても、モノやサービスに対して、感謝の気持ちなどと共に消費をした人同士がやり取りできる通貨を準備しています。
 その仕組みは、お金を使った時、使った人にお金を増やそうというものです。つまり、使うほど、お得なお金というイメージです。このお金のサプライの増える瞬間が、既存の通貨とは異なるというのが最大の特徴です。
 ただ、それだけでは通貨は増大の一途を辿ってしまいます。そのため、使わないお金は、減少させていくという設計をしています。それは期限が来たら減るのではなく、毎週少しずつ使わないお金に対して減らしていくという感じです。PEACE COINは、増大と減少が両方とも進む通貨として説明できます。しかし、通貨全体としては、使う人が増えるほど流通量が上がっていくのです。

価値発見の仕掛け

 PEACE COINは、使うことによって自分が「誰かの価値を見つけた」という評価の可視化をしようというものです。たとえば、生産者が100円と150円の野菜を並べて販売していて、高い方は無農薬で栽培されたものとします。一般的には値段の安い方が売れがちです。しかし、ある人は、体に良いし無農薬のものに、「それ、いいな」と感じる。この時、その価値に気づいた人がPEACE COINで支払うと、使った側のお金が増えるという状況が生まれます。PEACE COINを使った人が、ちょっとだけ得をするという仕組みです。つまり、PEACE COINが増える瞬間というのは、誰かが世の中にある誰かの価値を認めた時となります。
 このように、私たちが相対的に好きなものに、通貨が届けられていく。PEACE COINでモノやサービスを購入した方が、何か良い感じがするという方向にもっていくことができれば、それは非常に価値があると思っています。体験価値を創り出せる通貨というイメージです。

多様性を認めあえる、豊かな社会へ

 事業を行っている方はみなさん同じことに気づくと思うのですが、顧客を依存させた方がビジネスは上手くいきます。あくまで例ではありますが、お医者さんが患者さんの病気を治してしまったら、儲からないという話のように。でも、これは何ともイケてない社会だという気がしています。
 私は、そもそも貨幣は幻想の仕組みだと思っています。PEACE COINの事業のゴールは、「PEACE COINなんて、別になくても十分。ありがとう・おかげさまで循環しているよね」という世の中に到達できればと良いと考えています。そうなれば、まさに大成功です。
 そういう意味では、「現在は不自然な社会だ」という感覚を持っています。その不自然な社会はどうしたら、自然に向かえるのか。ここはSINIC理論で自律社会、自然社会という豊かな未来社会が描かれているように、テクノロジーを使って人や社会が進化していくのだと思っています。
 社会は良くなっているように感じるものの、既存通貨の仕組みでは、貧困や格差が深刻化するなど日々課題は増すばかりです。そうした解決をみることなく、真に多様性を認めあえる、豊かな社会づくりはできないでしょう。
 次に到来する自律社会に向けて、人や社会が自律するためには、根本的に新しい尺度が必要だと考えています。中央集権型に対して、ブロックチェーンを含めたテクノロジーによる自律分散型の実現です。そして、人類がこの自律分散型という尺度を持てそうな状況が生まれつつあります。そこが大きな変化点になると思います。
 まだまだ概念的ではありますが、これまでの資本主義の貨幣モデルの尺度がGDPであるなら、PEACE COINは新しい尺度をそこに積み上げるようにしていければ、社会が一歩前へ進み、より良くなっていくはずです。

阿部 喨一氏

PROFILE

PEACE COIN OÜ・阿部 喨一氏

 1983年生まれ。埼玉県出身。2007年に独立系の投資顧問会社へ入社、国際金融情勢や企業のテクニカル&ファンダメンタルなどの観点から資産運用や資産保全、M&Aをはじめとする金融コンサル業務に従事。数々の実績を上げ、最年少で役員へ昇格。その後、独立して、金融、不動産、教育など様々な業界分野において、市場開拓から資金調達、経営戦略まで一貫して担い、国内外で複数の事業立ち上げを行う。
既存の資本主義構造に多様性をもたらし、人が人らしく生きて評価される社会をつくるべく、2018年PEACE COIN OÜを立ち上げ、新しい暗号通貨「PEACE COIN」の開発を行っている。
https://www.peace-coin.org/

聞き手のつぶやき

 インタビューでは、阿部さんから“多様性を認めあう”という言葉にこだわりを持っているというコメントが聞かれた。人それぞれに価値を感じるポイントは異なる。そうしたものを可視化、価値化、そして流動化をもたらすPEACE COINという通貨の存在。まさに多様化する社会において、「正解は一つではないよ」と教えてくれるかのようなその仕組みにとても魅力を感じた。
(聞き手:田口智博)

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