過去研究テーマ

人と機械の関係の未来ビジョン

2017.04.17

『対談シリーズ:人と機械、そのインタラクションの未来を語る』 ②後篇

~②ヒト の発達からみた、ヒトとロボットのインタラクション【後篇】~

vol.3:身体の意味を問う

センシティブピリオドの重要性

佐倉:明和さんが前回おっしゃった「知性の創発」 とか、コンピュータシミュレーションは、実は20年ぐらい前にも一度流行ったことがあります。その頃は人工生命(アーティフィシャルライフ)という領域が話題になっていて、僕も少し関わったことがあるんです。何だか時代が一周りして、また同じことをやろうとしているんだなと思いました。

明和:そうなんですよね。でも、私は創発をやってみた結果、どうして人間はこんな身体を持つんだろうって思いました。

佐倉:それは長い時間かけた進化の結果ですよね。人間の身体については、モーションキャプチャーやビッグデータを使えるようになって、これから先いろいろなことがわかってくるのではないですか。

明和:その通りで、心の支援もテクノロジーを活用してできるようになりそうです。それも事後的な支援ではなく、予測に基づいてサポートするような形ですね。

佐倉:そうなるといいですね。

明和:支援の時期に関して、とても重要なポイントがあります。「感受性期」といって、脳が環境の影響を特に強く受けながら発達する特定の時期があります。例えば、福井大学の友田明美先生らの研究チームは、 1歳半の時点で虐待を受けた子どもは、特に視覚野にダメージを受けることを明らかにされています。感受性期のメカニズムのおもな特徴のひとつは、「シナプスの刈り込み」です。

佐倉:必要なシナプス結合だけが強められ、不要なシナプス結合は除去される現象ですね。

明和:膨大なシナプスの中から生まれ落ちた環境であまり使われないものは刈り込まれ、必要なものだけが早く、効率よく信号が伝達するように残る。例えば視覚野は2〜3歳ぐらいで成人の脳構造に達しますが、その時期に虐待を受けると視覚野の構造に異常が起こる。その異常が原因となる精神疾患が、思春期になって顕著に出てくるのも特徴的です。

佐倉:その時にすぐ出るのではなく、ずいぶん後になって出てくるんですね。

明和:その理由についてはまだよく分かっていないようです。ただ、幼少期の経験が、事後に立ち現われてくる。感受性期はきわめて重要な時期なのです。どの時期に、どういった環境で育ったかで脳の構造が変わってくる。

佐倉:とても重要な研究ですが、研究を進めるのが非常に難しい分野でもある。

明和:そこでロボットに話を戻すと、この時期にロボットとのインタラクション経験を中心として成長する子どもの脳内ネットワーク構造は、おそらく従来とは変わってくると思うのです。

佐倉:例えば思春期にどんな症状が出てくるんですか。

明和:ロボットの進化にもよりますが、相手の感情理解にまつわる予測が困難になると、不安障害などが考えられると思います。幼少期に経験するインタラクションの問題が、予後にどう結びつくのか。これはたいへん重要なテーマで、今後、予防医学に結びつけるプロジェクトを立ち上げたいと強く思っています。

佐倉:すごく興味深いし、重要な研究になりますね。

明和:思い込みではなく、データ・ベースド、エビデンス・ベース ドで進めなければ。

佐倉:とくに治療や介入につながる研究は、そういうスタンスでないといけないですよね。そして、そういった研究が、今本当に大切だと思います。

脳は30歳で完成する

明和:前頭前野の感受性期は14歳から10年くらいの間だといわれています。以前は、前頭葉の刈り込みが落ち着くのが12〜14歳ぐらいだと言われていましたが、実際には30歳ぐらいまで完成しないことが明らかとなりました。

佐倉:ずいぶん時間がかかるのですね。

明和:大学生ぐらいだと、まだ脳は成長途上なのですよ。この時期、脳はまだ成長段階にあるのに、環境が豊かになったために、身体の成熟という点では第二次性徴の開始は早まっています。性ホルモンの活性化は、扁桃体など感情を司る「辺縁系」の活動を顕著に促します。辺縁系の活動を抑制する機能をもつのは前頭前野なのですが、さきほどお話ししたように、この時期、前頭前野はいまだ未成熟です。辺縁系の活動が過活性になり、そのため、思春期の子供たちの感情のいらだちや興奮が目立つのですね。大人からみると彼らの行動がきわめて感情的にみえるのはそのためだと言われています。

佐倉:若者がいろいろ問題を起こす背景には、そんな変化があったわけか。

明和:身体の成熟、という面では大人になっているけれど、脳の発達段階でいえば、成人ではない。前頭前野と辺縁系の活動のミスマッチの時期が長くなったことで、いろいろな問題が起こっているのです。今、日本では選挙権や少年法の適用の時期を早める方向の議論が優勢ですが、身体発達という点では逆の方向をたどっているようです。

佐倉:運転免許証なども25歳ぐらいで取れるようにするのが、ちょうどいいぐらいなのかもしれませんね。

今だからこそ必要なセルフモニタリング

佐倉:脳の成熟と知識の量について、「ダニング=クルーガー効果」というのがありますよね。1999年にアメリカの心理学者、デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーが発表したんですが、知識量が少ないヒトや能力が低いヒトほど自己評価が高くて、知識量の多いヒト、能力の高いヒトは自分を正当に評価できるというものです。要するに知識が少ないヒトほど、いわゆる「無知の知(自らの無知を自覚することが真の認識に至る道であるとする、ソクラテスの真理探究法の基本になる考え方)」ができない。

明和:自分の知識量の少なさを自覚できないわけですね。

佐倉:そして知識が少ないヒトは、乏しい知識に基づいて不適切な行動をとる。けれども、その行動が不適切だという自覚がなくて、自分の判断は正しいと思ってしまう。誰かから「それは違うよ」と指摘されるど、余計に自分の偏見に凝り固まっていく。最近ではネットで自分に都合の良い情報だけを手に入れることが簡単にできるので、このバイアスがさらにひどくなる。まさに悪循環です。

明和:脳の感受性期に、対人関係教育をきちんとやる必要がありますね。加えてセルフモニタリングも学校で教えないとダメです。

佐倉:ほんとにそう思います。

明和:今のようにネットが普及する前は、たくさんの人の中にぽんと放り込まれ、そこでいろいろな人と出会う経験の中で、自分という存在の意識的輪郭が形作られていったと思います。特定の集団の中での自分の順位とか居場所とかを自覚できた。今は対人関係を避けようと思えば可能な時代ですから、そうした重要なプロセスを十分経験しないまま大きくなってしまう可能性がある。

未来社会のデザイン

明和:ところで、佐倉先生は未来社会のデザインをどのように考えておられますか。

佐倉:それこそ、我々次第じゃないでしょうか。幼児虐待は一例だけれど、世の中には他にもやっかいな問題がたくさんある。そういった問題を、たとえばモーションキャプチャーのようにうまい具合に測定して、データをたくさん集めて(ビッグデータ)、エビデンス・ベースドで解決していく。その成功例が出てくれば、世の中は変わっていくと思いますし、それを可能にする技術と手法も整いつつある。

明和:ただし、人類の進化、生物としてのヒトという存在を正しく、深く理解してくれる人材が必要ですね。ヒューマンネイチャーをリスペクトしてくれるヒトとでも言えばいいかな。みんな一度、アフリカに行ってみるといいのかもしれない。佐倉先生も行かれたんですね。

佐倉:行きましたよ。あの体験は忘れられないし、実際に現地に行かないとわからないことがたくさんありますよね。

明和:土ぼこりの匂いとか、風の音とかね、まさしく身体感覚ですよ。あんな大地にいると、学校なんか行かなくても学ぶことはたくさんあるし、生きていけると思いますね。

佐倉:少々のことがあっても大差ないし、まあなんとかなるさ、みたいな感じでね。明日も日は昇るし、そしてまた沈む。それでみんな変わらず元気なら、何も問題ないじゃないか、という。

明和:ああいう経験は、日本ではできないですね。とくに日本は何ごとも「こうでなければならない」という価値観が強い文化のように思いますし、子どもたちを見ていてかわいそうな気がします。

佐倉:僕はアフリカから帰ってしばらくの間、徴兵制度の代わりに誰もが1年ほど途上国にボランティアに行くのがいいじゃないかと言ってたんだけど、誰も賛成してくれなかったな。

明和:ほんとに。1年でも1ヶ月でも十分だと思いますが、自分も自然、進化の形質の一部なんだという事実を実感すると、何かが少し変わるんじゃないですか。

佐倉:明和さんは、毎年ブータンに行かれているそうですが、向こうでも何か測っていたりするのですか。

明和:具体的な調査まではなかなかたどり着けないのですが、ブータンという自然環境で育つ子どもたちの行動や心の発達のようすを観察しています。

佐倉:確か、国民の幸福度が世界一高い国でしたよね。

明和:残念ながら、そうしたイメージはとくに都会に住むブータンの人々にはあてはまらなくなっているようです。人が優しいのは間違いないです。敬虔な仏教徒、不殺生 の国ですからまさしく蚊も殺すのも嫌だといいます。手に止まった蚊をパチンと叩いて殺したりしたら「こいつは、なんてひどい人間なんだ」って思われるようで。

佐倉:そんな優しい人たちが暮らしているから、みんな幸せなんでしょう。

明和:ところが、都会ではとくに欧米圏の文化が急激に入ってきて、子どもたちの生育環境が激変しています。感受性期に、扁桃体や辺縁系を刺激する情報に触れる機会が多くなる。ブータンの次世代、文化もどんどん変わってくでしょう。

佐倉:それは一種の堕落ということですか。

明和:ここらで、いったん人類の未来を再設計する必要があるんじゃないですか。世界中がそうした局面をすでに迎えていると思います。その意味で、テクノロジーを人類の環境にどう使うかを判断する責任は、すごく重いです。

ロボットとの共生社会、そのリスクも意識する

佐倉:ブータンまでがそんな状況になってきているのだとしたら、人類全体、かなり危機的なのかもしれないですね。

明和:このままだとまずいんじゃないかと思っていますよ。生の人間とのインタラクション自体が乏しく、あるいは変化してきていますから。そこで逆説的ですが、もしかするとロボットとの共生の未来がみえてくるかもしれません。

佐倉:どういうことでしょう。

明和:まったく人間っぽくないロボットを創り、対人教育に利用するのです。そうしたロボットとのインタラクション経験を通じて、バイリンガルの子どもたちと同じように、対人関係とは異なる環境で対人関係を学習させる。デュアル経路で内部モデルを鍛えるわけです。これは前頭前野の発達を促します。どの場面でどうふるまったらよいか、どう期待がかわるのかを判断する必要がでてくるわけですから。

佐倉:ロボットの設計思想を見直すわけですね。それは面白いアイデアだ。

明和:インタラクションによって、ロボットにパターンを教える教育用ロボットも効果的だと思います。自分がこうすれば、こう反応してくると予測しながら、ゲーム感覚でロボットとインタラクションし、ロボットの反応をこちら側が組み立てていく。

佐倉:そんなロボットだと共生できる可能性が見えてきますね。

明和:環境からの情報の影響を受けて脳が顕著に変わる感受性期に、ヒトとは異なるパターンを持つ教育ロボットを取り込むと、前頭葉の機能や構造がどのように発達するのか。そこに可能性はあると思います。

佐倉:リスクもありそうですけど。

明和:もちろん。誰もやったことがないですから。ただ、ロボット共生社会が避けられないのだとすれば、ロボットときちんと向き合って、ヒトに有用なロボットを作らなければならないでしょう。

佐倉:ぼくたちは、もうすでにそういう段階に来ているということですね。これまでのロボット開発では、技術的になにか新しいことを実現するのが、単純に面白かったのだと思います。でも、そろそろ次のステージに入ってきている。ヒトに対して、どういう影響をおよぼすのかを科学的に考えてロボットと向き合うことが必要な状況にきているわけだ。

明和:今の私の困りごととしては、子育てや家事を助けてくれるロボットがすぐにでもほしいのですけれど(笑)。

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