過去研究テーマ

未来技術・イノベーション

森山和道のインサイト・コラム(12)
「リバース・イノベーション」に油断するな

サイエンスライター 森山和道
2014.04.01

このコラムも今回で一区切りである。実は最後に書くネタは一年前から決めていた。「リバース・イノベーション」の重要性である。幸い一年経ったあとも重要性は変化してないようなので、予定どおりこの話について紹介したい。この言葉が登場して久しく、特に2012年9月にダイヤモンド社から邦訳も刊行された『リバース・イノベーション』(ビジャイ・ゴンダラジャン、クリス・トリンブル著)に詳しいので既によく御存知の方もいらっしゃると思うが、改めてこの概念を紹介しておきたい。生産技術を含む多くの分野全体にとって今後ますます重要性を増すと考えるからである(同社によるプロモーション動画はこちら:http://youtu.be/-q5tHXkK6Nw)。

「リバース・イノベーション」とは、途上国で生まれたイノベーションを先進国に逆流させることである。一般にイノベーションなるもの、すなわち革新的な技術やそのコンセプトあるいはビジネスモデルの類は、先進国・富裕国で生まれて、それが下流の発展途上国・新興国へと伝わっていくものだと考えられている。確かにこれまではそうだった。だが、いまはそういう時代ではない。固定電話網のインフラ普及過程を飛び越して携帯電話網とインターネットが普及してしまう時代である。かつて先進国が通って来た発展の道のりをそのままなぞってくるわけではないのだ。そして先進国の顧客向けに作ったもの、あるいは機能を落とした低価格なモデルを作って、いわゆるローカライゼーションすれば新興国市場へと受け入れられるわけではない。少なからぬ人たちが情報を十分に得ることができるようになっている現代では、途上国でもイノベーションは生まれるし、時には途上国で開発された技術製品が先進国へ逆流してくることもあるのだ。

収入は少ないが人の絶対量が圧倒的に多い途上国に、巨大なチャンスがあることにはみんな同意するだろう。市場性の違いも徐々に理解されつつある。ではどうすればいいのだろうか。『リバース・イノベーション』は、発明からではなく、富裕国での成功体験を選択的に忘れることから始まるという。新興国と富裕国とのあいだには性能、インフラ、持続可能性、規制、好みの5つのギャップがあると指摘している。そして途上国で成功する製品は、富裕国での「取り残された市場」を刺激して変化させ、未来の巨大な主流市場を切り開く可能性があるという。だからこの動きが見逃せないのである。リバースイノベーションを起こすためには、とにかく成功体験を忘れて、成長市場へと速やかに資金はもちろん人材や権限、知的なリソースを注ぎこみ、現地のチームが、それまでにグループが構築したグローバル基盤を使えるようにすることだという。

この本では多くの事例が紹介されているが、著者らはどうやらGEヘルスケアによる小型超音波診断装置がお気に入りのようで、事例集パートはもちろん、本文のなかでも何度も紹介されている。携帯電話サイズでバッテリー駆動で動く、しかも低価格で使いやすくメンテナンスの容易な超音波診断デバイスだ。これなら電力供給に不安がある国でも使えるし、何でも屋が求められがちな途上国の医師にも使える。そしてこれらの性能は必然的に富裕国でも重宝がられるというわけだ。これまで、富裕国では市場が小さすぎると判断されていたようなレスキューや救急救命室の利用や、手術室でのちょっとした利用といった状況でも使われているという。新たな製品は新たな使い方を生み、現場を変えていくのだ。

本書ではワイヤレスのマウスや農業用の小型トラクター、自動車用オーディオ・システムから女性用ケア商品など、多様な事例が紹介されている。これからの時代には、途上国でのイノベーションがあちこちの分野で起こる可能性があるのだ。そして一度変わった市場は元へ戻らない。「あんな安物が使われるわけがない」と言っていた人たちも多かった安価なネットブックやタブレットが、PCの市場を大きく変化させてしまったように。レガシー技術に思考をトラップされていないか、これまで以上に気をつけないといけない。この本では最後に「300ドルハウス」という計画が紹介されている。スラム街を一気に、浄化された水道や電気や共同薪ストーブなど近代的サービスを備えた住宅群へと変え得る、コミュニティ構築技術だ。革新的ソリューションを慈善事業ではなく、あくまでビジネスとして行うこと。それこそが重要だと強調している。このような技術は先進校でも間違いなく役に立つ。日本のように防災コストが高い国では尚更だ。

今後、どんな技術がありえるだろう?

例えば教育は、リバース・イノベーションの可能性が大いにありそうな分野だ。途上国ですみやかに英語を習得できる教育プログラムは、先進国でも有用だろう。無論、技術教育においても同じことが言える。リバース・イノベーションにおいて重要な問題は、価格ではなく性能だという。情報入手が容易な現代では、途上国でも人は性能が低いものには満足しなくなっている。もちろん低価格であることも性能の一つだが、単に安いだけのものでは新興国でも成功できなくなっている。だからこそ、新興国での製品からリバース・イノベーションが起きる可能性があるのだ。価格は従来のものより遥かに安いが、性能は高い。そんな製品が、あらゆる分野で登場しつつあることに、もっと留意しておいたほうがいい。何度も繰り返すが、時代の変革はとにかく若い人たちの数が多い新興国から起こる可能性が極めて高いのだから。

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