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森山和道のインサイト・コラム(7)
家庭内ビッグデータの活用

サイエンスライター 森山和道
2013.11.01

10月23日から25日の日程で、「Smart City Week2013」という展示会がパシフィコ横浜で開催された。ICTやビッグデータを活用して、都市のイノベーションや環境再生、あるいは都市生活者の健康長寿などに寄与しようという趣旨で、主に自治体と自治体向けサービスを提供している会社が集っていた。合わせて「ヒューマンセンシング展」、「ヘルスケアデバイス展」、「3Dプリンター展」も同時開催されていたので足を運んでみた。

ヘルスケアデバイスで多くの人を集めて目立っていたのは二つのブースだった。一つ目は東京大学大学院工学系研究科染谷隆夫研究室による本当にペラペラでどんな曲面にも貼付けられる世界最薄・最軽量の有機トランジスタ。今年7月にプレスリリースされたときにも大いに話題になったが、その後、有機LEDへの応用にも成功しているという。同グループは有機太陽電池の開発にも成功している。(http://www.t.u-tokyo.ac.jp/epage/release/2012/120404.html)現段階では有機太陽電池1gあたりの発電量は10Wだそうだ。もちろん伸縮させても特性は劣化しない。どんなにくしゃくしゃに折り曲げても発電、照明、センシングが可能なデバイスの実現は案外近いかもしれない。人体内部などへ貼付けることもできるようになるだろう。

もう一つ、注目されていたのは日本大学工学部次世代工学技術研究センター(NEWCA)のブースである。光センサーと独自技術の「位相シフト法」を使ったアプリケーションが二つ出展されていた。一つは家庭で簡単に使える「乳ガンチェッカー」。もう一つはカフを腕に巻かずに計測できる血圧計である。どちらも非常に美しく、まるで製品のようにパッケージされていた。ブースで説明してくれたポスドクの春田峰雪氏によれば、これまでにもPCとセンサーを使ったプロトタイプは出展していたが、それではなかなかピンと来てくれる人が少なかったため、デザインも自前で行ってみたとのことだった。実際、反応は上々らしい。

個人的に強く印象に残ったのは、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)デジタルヒューマン研究センター(DHRC)による歩き方の計測に関する展示だった。外見は普通のトレッドミルなのだが、下に力センサが入っていて、床反力のデータと、事前に集めている歩行データベースを使って、歩行者の歩き方を推測する。産総研DHRC健康増進技術研究チーム研究員の小林吉之氏によれば、股関節、すなわち太ももや膝を大きく使うのではなく、足首を使うほうが効率が良い歩き方なのだという。太ももの筋肉は大きいので、動かすとその分、エネルギーを使ってしまうからというわけだ。また、重心も大きく上下してしまう。ダイエットのために歩くのであれば、逆に太ももを意識して動かしたほうがいいということなのかもしれない。

このシステムは、歩き方の診断ができるだけでなく、爪先が床面から何ミリ上がっているのかといったことも分かる。これによって、どのくらいの段差だと転倒しやすいかの目安をつけることができるわけだ。また、もっと足をあげて歩くように意識したほうがいい、といったことを具体的に提案することもできる。個々人の下半身の関節の使い方の特徴も分かるので、健康増進だけでなく、家のなかの段差改善や怪我予防などのために、どんな製品を選べばいいのか、どこに気をつけるべきなのかといった提案支援システムとして使えるのではないかというのが産総研DHRCの考え方だ。

今回のデモ展示ではトレッドミルをセンサーとして使っていたが、実際にはMicrosoftの「Kinect」に代表されるような深度センサを使ったりして歩行データを得ることも可能だという。センサーそのものは何でもよくて、大事なのは歩行のデータベースであり、それをどう活用するかだという。

ここまで聞いて、ようやくなるほどと思った。産総研DHRCは、家庭内での危険箇所のデータベースを構築している。たとえば、人がどんなときにどんな場所で怪我・事故に合いやすいのか、そのためのデータベースは既にあるのだ。それと、人の動きを詳細に計測したデータベースを組み合わせることができれば、例えば、特定の年齢・属性の人が、どこでどんな動きをしているときにどんな事故が起こりやすいのか、ある程度の確率で推定できるし、予防のための方策やツールも、かなり具体的に提案することができるようになる。

今は、人を3次元で計測できるセンサーというと大型商業施設のようなところでマーケティングに用いられているのが実状だが、遠くない将来、家庭内には様々な高性能センサーが入ってくる。自然と、今日で言うビッグデータを集めることができるようになる時代がすぐそこに来ている。その時代のアプリケーションとして、健康長寿のための提案支援、あるいはそのためのデータ収集というのは、ごく自然な発想だと思う。今回の展示では、産総研の他にはあまり将来に目を向けたものが見られなかったのが少し残念だったが、今後、様々な提案が出てくるのではないだろうか?
高齢化社会のいま、それを期待したいと思う。

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ホームページ
http://moriyama.com/

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