COLUMN

2010.08.16澤田 美奈子

シリーズテーマ「予兆」#4したたかな " I" のオープン化戦略

 すばらしいアイデアを得るための方法があれば、一研究員としても一生活者としてもぜひ知っておきたいところである。前回の内藤さんのコラムに"they"と"I"というキーワードが出てきたが今回はこれを拝借して、「個人(I)」、「集団(they)」のどちらがよりクオリティーの高いアイデアを生み出すのか考えながら、これからの時代におけるアイデア創造手法の予兆を探ってみたいと思う。

 独創、という言葉にも表れているように、アイデアとはとどのつまり、独りで創り出すものだという考え方は、昔も今も一定の支持を集めている。科学者が実験室に閉じ籠もって、あるいは小説家が山小屋やホテルに缶詰になって、画期的な成果を生み出したエピソードは昔からよく聞く。いまでも、研究論文をまとめるあいだはあえてネットのつながらない環境に行くという研究者は多いようだ。つまりアイデア創造のためには、孤独の中に身を置くこと。これは一つの発想法として有力な方法として挙げられる。

 もう一つの発想法は「集団で考える」という対極的なやり方である。「集団は個人より賢い」というのはGoogle社CEOのエリック・シュミット氏の信念でもあるが、この考えの根底には、あらゆる人々からの情報を大量に集めれば、個人の意見の偏りや誤りは相殺されて全体としての情報の質は向上する、という"they"に対するオプティミスティックな期待が存在している。

 確かにウェブは、立場・専門・時空を越えたあらゆる"知"が集積した場である。とはいえユーザーからすると、検索技術の進歩等で改善はされているものの、基本的にウェブには有益な知識とあやしげな知識が混在していて、「集団の賢さ」を十分謳歌できる状況には至っていないというのが、多くの人にとっての現状認識ではないだろうか。

 ところが最近増えているのは、そんなウェブの清濁を認めつつなお、ウェブマガジンやブログ、Twitter等のソーシャルメディアを活用して、積極的に発信活動を行なう知識人たちの姿である。第一線で活躍する研究者・専門家・経営者・企業家・批評家達の、おもしろく、鋭く、鮮度の高いアイデアをウェブで気軽に知ることができるのは、非常にありがたいし刺激になることでもある。その反面、こんなに素晴しいアイデアの数々を、誰でもが読めてしまうウェブ上で公開することに果たして躊躇はないのか、この発言をまとめて書籍化して対価を得た方が良いのではないか、などと余計な心配をしてしまうこともあった。

 だがそれは杞憂に過ぎないのだ、と近ごろは思い直している。というのも彼らは、 "アイデア無料大放出"をしてくれている単純なお人好しではなく、ウェブを自らの"知的成長のためのツール"として巧みに使いこなしている戦略家の匂いを感じるからである。出版物と違ってウェブは、未完成のアイデアをも、自由闊達に発表し議論できる場だ。自らのアイデアを溜め込むのではなく一般公開し、さまざまな読み手のリアクションやディスカッションを経て、アイデアをより創造的なものへと育てて行こうという意図が、存在しているように思えるのである。

 とりわけ"知的成長"は、オープンになっていない部分で激しく起こっているのではないかというのが私の想像である。仕事柄、インタビューやセミナー等で、面白いアイデアを持った研究者から話しを聞かせていただく機会が結構ある。その場合、なるべく事前に、ウェブや書籍等で研究成果や発言内容をチェックしてから臨んでいる。だが実際リアルな場で話しを聞きながら感じるのは、彼らはウェブで公開したり、あるいはその場で話されている以上の量のアイデアを、見えないところに隠してひそかに育てているという気配である。

 氷山は、海面上に見えているのは全体のほんの一部で、全体の9割ぐらいは海中に存在しているのだという。同様、アイデア豊富な人たちというのは、表面化させているアイデアの奥に、より多くのアイデアを持っている。その非公開のアイデア群の醸成に大きな役割を担っているのが、theyとのインタラクションなのではないだろうか。以前、ある大学教授が、自分とは歳がかけ離れたゼミ生との会話が自らの研究のアイデアに良いインスピレーションを与えるのだ、と話されていた。それよりもさらに広い社会との接点を、ウェブを使って発信活動を行なう識者たちは持っているということである。無数の "they"とのインタラクションを経て成長した"I"のアイデアは、どれだけ研ぎ澄まされどれだけ深遠なものへと進化するのだろうと考えると、戦慄すら覚える今日このごろである。

 企業の戦略においても「オープン化」が注目されて久しい。ただし、アップルもグーグルもインテルも、何もかもオープンにしているわけではもちろんない。多くのユーザーの知恵を借りて改良した方がメリットが大きい部分はオープンにしつつ、自社が収益を確保できるコアビジネスに関しては絶対にオープンにしないという、巧妙な戦略が功を奏しているのである。これからは、個人にもそんなオープン化戦略が求められるのではないだろうか。ときにはあけっぴろげすぎるほどに自らのアイデアを集団と共有しつつも、集団の知恵をしたたかに己に取り込んで内面において独創性を育てていく、というような。それが"I"と"they"、それぞれの強さを活かし、弱さを克服した、これからの社会における創造的なアイデア発想法となる予感がする。
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