研究員コラム

2010.06.15澤田 美奈子

シリーズテーマ「幸せ」#6ポーズから始めてみよう

 「とどのつまり、幸福は楽観姿勢であり、前向きの意志である。」と、前回のコラムで中野さんは指摘している。この文脈での「姿勢」とは態度やこころの構えを指すが、「からだの構え」というフィジカルな意味でも「姿勢」は幸せに大きく影響しているファクターだと考えられる。
 国、地域、家族、働きかた、福祉、こころ―といったさまざまな観点からの「幸福論」が出たところで、今回は「からだ」という切り口で幸せとのつながりについて考えてみたい。

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 からだの姿勢、で思い出すのは、以前旅先でカメラ撮影をお願いしたときのことだ。 たまたま近くにいてシャッターを切ってくれた男性は、「ハイチーズ」ではなく、「ハイハイ、みなさんもっと胸を張ってくださーい!」という掛け声をかけた。変わったアドバイスをくれた彼は生まれも育ちもエジプトで、そんな彼からすると、日本人は顔映りはやたら気にするけれど、カラダの姿勢には無頓着な人が多いのが気になると言う。「姿勢がきれいじゃないと、幸せそうに見えませんよ」。
 「幸せそうに見えるかどうか」という視点で姿勢を意識したことはなかったが、言われてみればごもっともな指摘である。

 見かけ上の幸せだけでなく、姿勢は人間の内面にも大きく影響している。
 からだとこころの関係についての研究は古くからある。例えば心理学者のジェームズとランゲが残した『悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ』という説などはその一つだ。身体反応が起こってから感情が経験されるという、常識的な感覚を覆す主張として議論を呼んだ。その後も多くの研究から、からだの状態とこころの状態の緊密な関係が明らかにされてきている。

 認知科学の分野で最近発表された論文によると、姿勢を上向きにすると「幸せ」なこころが呼び起こされるそうである(参照記事)。
 実験では参加者に、テーブルの上のおはじきを移動させる作業をしてもらう。すると、おはじきを上の方向に動かすときは、参加者は、楽しかった記憶について多く思い出し、下に動かしているときは、悲しい記憶を多く思い出す。そんな傾向が発見された。おはじきを上に動かすときには姿勢も自然と上向きになる、その「姿勢」が幸せな記憶とむすびついているのではないか、という考察がなされている。

 姿勢が上向きになるとき――褒められる、ぐっすり眠れてよく晴れた日の朝、お気に入りの洋服を着て出かける、大自然の中で深呼吸などなど――確かにポジティブな記憶と結びついていることが多い。反対に、疲れている、悩みがある、仕事がたまっている――などのネガティブスイッチが入っているときは、自然とからだもうつむきがちになる。
 
 そう考えると、からだはこころを実に正直に表現するメディアであることに気付かされる。ときにはそんなからだとこころのシンプルな関係を、逆手にとってみるのはどうだろう。姿勢を正すと精神も正される、それが座禅という修行の真髄である。和服を着るのは苦しいが背筋が伸びるので、古きよき日本女性は現代女性にはないしとやかさがある。『上を向いて歩こう』はなぜか海外にも広く知られている日本の名曲だが、そんな日本人の"ポーズ"をあえてとってみることから、幸せを始めてみるのも良いのではないだろうか。
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