研究員コラム

2010.02.01内藤 真紀

シリーズテーマ「学び」#3素直な感情が回路を開く

 自分とつながりのある人と結びついた記憶は色褪せることなく、そうした存在と多様に触れ合うことが学びの大切な部分。前回のコラムで鷲尾さんが述べているように、関わりの深い人の言葉などは映像つきで再生することができそうだ。
 それに、鷲尾さんが周りの方々から学んだのと同時に、お祖父さんやご近所のおばさんも、小さな鷲尾さんからいろいろなことを学んでいたのではないだろうか。というのも、昨年特例子会社の調査をした際、印象深い「教えているはずがかえって教わっている」という例に出会ったからである。

 特例子会社とは、障害者を安定的に雇用するために企業等が設立する、障害に配慮した環境や制度を整えた子会社で、特定の条件を満足させることで親会社の障害者雇用率に算入することが国に認められたものを指す。平たく言えば、障害者が多数働いている会社のことだ。車椅子使用者には床のフラット化や廊下スペースの拡張、視覚や聴覚に障害をもつ社員には、聴覚のみまたは視覚のみでも情報を受け取れる仕掛け、その他勤務時間帯や休憩時間などにも、さまざまな工夫が凝らされている。
特例子会社の多くでは、親会社出身の社員が地域の教育機関や医療・福祉施設等と連携しながら、社員の指導・教育にあたっている。アルバイトなどの社会経験がない人もおり、その場合には社会人としてのマナーや組織・集団での振舞い方の指導も重要になるのだそうだ。

 そんな特例子会社のひとつ、高校を卒業したての知的障害者を中心に採用している銀行の子会社で、こんな話をうかがった。
ある社員が腹痛のため会社を休むと連絡をしてきた。ところがしばらくしてまた連絡があり、治ったのでこれから出社するとのこと。仕事をするのが大好きなので、今日は有給休暇扱いでいいからどうしても出社したい、と強く訴えてきたという。
 また、両手で杖を使うため、傘を差して歩くことができない社員がいる。頼まれたわけではなく、雨の日の朝は必ず会社の最寄り駅までその社員を迎えに行き、傘を差しかけながらゆっくりと一緒に歩く社員がいるそうだ。
 「欠席する場合は速やかに上司に連絡する」だとか「職場では報告・連絡・相談」などは、会社が教える基本事項だろう。そして会社は、仕事や組織の原点のようなものを、社員の態度によって教わっているのだ。

 特例子会社といえば、法定雇用率達成に向けて集中的に障害者を雇用し、仕事の発注や経費の面では親会社が責任をもつ、という構図が一般的だ。もちろん一企業として経営的に自立することは必要で、健常者との差別を払拭するためにも、一般の企業と遜色のない生産性を上げることや新規事業に成功することが目指されており、またそうした例が注目を集めている。
 私自身、企業として自立した特例子会社から秘訣を学びたいと思っていたし、企業である以上、「感動」や「優しさ」ではなく経営上の成功譚を追求しなければ失礼だと感じていた。

 しかし、「教える側が逆に学ぶ」といういくつものエピソードを聞くうちに、「長じている私が教えなければならない」とか「こうあらねばならない」という気持ちが、学ぶ目を曇らせることに気づいた。相手が小さな子どもであろうと、企業人であろうと、率直な感情で向き合うことで学べることは多い。先の特例子会社によると、このようなエピソードを親会社社員で共有したところ、図らずも顧客サービスや職場風土に好影響が生まれているそうだ。社員の心意気や配慮、気遣いも掬い取り、学ぼうとする会社。私は、禁じていたはずの「感動」を不覚にもしてしまったのだった。

 次の書き手は田口さんです。彼からみた学びとは? 乞うご期待。
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