研究員コラム

2009.07.01澤田 美奈子

暑さと暮らす知恵

 夏の風物詩のひとつ、風鈴。ガラス製から鉄器製などさまざまな種類があるが、どれも皆、音と見た目で私たちを楽しませてくれる。なにげなく存在している風鈴が、暑さを快適に過ごすための知恵商品だということに気付いたのは、数年前、イギリスの人にお土産をプレゼントした際、こんなやりとりをしたときのことだった。

「これは『風鈴』と言って、家の軒下なんかにつるして音を楽しむものです」
「年中ぶら下げているものなの?」
「夏だけのものです」
「これは楽器なのか?」
「アジアやアフリカなどでも似たような楽器があるけれど、それは金属や木などで作られたもので、音も違うし、季節も関係ないと思います。一方、この日本の風鈴は、楽器というより、涼しい気持ちにさせてくれるものなんです」
「なるほど。心理的なコントロールを行って、夏の暑さを緩和するのだね。日本人はなかなか賢いな」

 風鈴を「サイコロジカルにコントロールを行う道具」と捉えるというのは、風鈴を改めて説明してみて初めて得た気付きであった。たしかに、日光を遮ったり、涼しい風を起こしたり等、暑さを物理的にコントロールするものではない。しかし「チリ~ン」という涼やかな音色は、目に見えない風を感じさせ、涼しい気持ちにしてくれる。そう考えると、その人の言うとおり昔の日本人の知恵はなかなかすごい。

 風鈴のほかにも日本には、夏を快適に過ごすためのさまざまな知恵がある。例えば、日が高くなる前の朝夕、庭や道に打ち水をして、地面を冷やして涼気を呼び込もうとする工夫は有名だ。さらに住まいも、暑さをしのぐような設計がされていた。先日、明治に建てられた日本家屋にお邪魔する機会があったが、梅雨のむしむしした気候だったにも関わらず、室内には心地よい風の通り道ができていた。それは住宅を建てる向きであったり、窓を大きくとってあったり等の建築の工夫によるものだ。

 暑さに対抗するためのテクノロジーが日本に入ってきたのはそんな昔のことではない。エアコンが家庭で使われるようになったのは1950年代の初めごろ、扇風機も19世紀末(明治時代)にようやく開発・販売されるようになった。それまでの日本人は、テクノロジーではなく、知恵によって、季節とうまく暮らしてきたのである。

 いよいよ夏本番。暑さが続くと、ついエアコンのリモコンに手が伸びそうになるが、近ごろは"エコ"ブームもあって、エアコンに頼らない夏のすごし方が提案されている。例えば、布団に敷くジェル状のシート、冷感素材を使った枕、頭部を効率的に冷やすヘアバンド等々、エコノミックかつエコロジカルに涼を得るための新製品が続々と発売されている。また、生活者のブログや掲示板でも、氷のうや凍らせたペットボトルを持ってベッドに入る、室内風鈴をつるす、竹を使った寝具を使う等の知恵がやりとりされている。

 こういった動きは、暑さをテクノロジーで解消しようとしてきた夏の過ごし方へのオルタナティブと言える。オルタナティブと言っても、ラジカル(革新的)というより、プリミティブ(原始的)な方法ではある。だが、プリミティブな暑さ対策を実施した人々が、「こんな爽やかな生活に慣れてしまうと、エアコンが使えなくなってしまいます」というコメントをしているから面白い。長い人類史上、もしヒトが夏の暑さでダメージを受けていたら、人類史はとうに途絶えているだろう。人間は本来、ある程度の暑さへの耐性は持っているはずだし、知恵を使いながら自然環境にうまく適応して暮らしてきた。モノよりも知恵をつかった夏の暮らしかたは、私たちにとって最適な季節との付き合いかたを教えてくれそうである。
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