研究員コラム

2009.03.01澤田 美奈子

「3」について考えてみた

 3月。学生時代から3月は終業式や卒業式など、特別な感慨のある月だ。社会人となった今となっても、一年の総まとめの月としてますます肝要な月であるということをひしひしと感じている今日この頃である。

 月としてだけでなく、"3"という数字自体、最近気になっている。三原則とか、世界(日本)三大~とか、一日三食とか、三位一体とか、3ストライクでアウトとか、私たちの回りには何かと"3"が出てくる。もちろんそれぞれの"3"にはそれぞれの意味があるのだろうが、共通するのは、"3"という数字がまとう、妙な落ち着きのイメージと、"2"にはない広がりのイメージだ。半端な素数であるにも関わらず、この不思議な安定感と奥行きはなんだろう?

 そんなことを頭の片隅で考えていた折、あるインタビューを行う機会があった。普段は家庭を支える父親として会社勤めをしながら、NPOを立ち上げ、精力的な活動を行っている人に、NPO発足の動機を尋ねたときである。「仕事と家庭以外でこういう活動を行っているという、3つめの顔があるというのが良いんです」。こんなところでも"3"に遭遇した。

 そしてその人はこう続けた。「仕事と家庭という二つだけだと、何か自分がグラグラしてしまう。けれど、場所が三つあると不思議とグラグラしなくなるんですよね」。その言葉を聞いたとき、私は"3"が持つ、妙な安定の魅力の正体が少しわかった気がした。

 点が2つ集まって出来るのは「線」だが、点が3つになると三角形となり、「面」が広がり、「重心」ができる。もちろんこれは図形の話だが、私たちの社会もそれに似ているのではないかと。つまり "3"とは、"2"に"1"を足しただけの数字ではあるが、その加えた"1"は、さらなる広がりや新しい力を生み出す"1"なのではないかということだ。
 
 例えば人間関係。自分がいて相手がいるという二者関係に、もう一名が加わって三角関係になった途端、その関係性はグッと入り組んだものとなる。結婚した夫婦のあいだに、子どもという3人目が現れることで、家族という新たな関係性が生まれるし、夫婦関係自体も形を変えてくるだろう。<他者>が現れ、<社会>が広がって、世界が一気に複雑化して面白くなるということが、"2"が"3"になるときに起こることなのかもしれない。

 別の折に参加した、未来社会に関するシンポジウムでは、仕事を退職した後、家庭だけが居場所になってしまうことに戸惑うお父さんたちに向けた、ピアノ教室やその他趣味の講座が最近人気を集めつつあるという話題が上がっていた。仕事、家庭以外に、第3の居場所が求められているというわけだ。
 そういえば今、HRIが年度末の発刊に向けて準備を進めている、大学生調査レポートでも、「仕事と家庭以外の場で社会貢献活動に携わりたい」という声が結構あった。また、なぜか「将来子どもは3人」という意見も目についた。
 同じくもうじき発刊の機関誌『てら子屋』最新号では、学校、家庭とはまた異なった、第3の学びのフィールドとしての地域社会や企業、博物館やNPOなどの可能性について特集を行っている。

 「三人寄れば文殊の知恵」という諺然り、「第3のビール」然り、やはり"3"には、新しいモノやコトを生み出す何かが潜んでいそうである。赤と緑と青い光が混ざると白に変わる「光の三原色」の現象は、理屈ではわかったつもりでいても、いつ見てもハッとしてしまうほどの清冽な驚きに満ちている。あれかこれかのあいだで悩んでいる人は、3つめの扉を開けてみることで広がってくる世界があるかもしれない。
ページTOP