研究員コラム

2007.10.01澤田 美奈子

古きをたずねて新しきを知ろう-レポート『10年後の日本をイメージする』-

 先月、HRIリサーチレポート2007『10年後の日本をイメージする―不安の時代を克服するために―』を発刊した。初めて担当したレポートが掲載されたということで、個人的に感慨深い一冊となったが、そこに描かれた私たちの近未来予想図を眺めれば、そんなしみじみしたことも言っていられない。

 調査結果に表れる人々の「不安」。その無形の二文字は、漠然とながらもはっきりと、生活・経済状況・仕事・健康・教育・少子高齢化社会・環境問題など、あらゆる領域にわたって浮かび上がる。
(※詳細は、こちらをご覧ください)

 さて、調査というものは、現状を客観的に把握して問題点を整理し、その中に将来に向けた現状改善のヒントを見つけてこそ価値がある。"不安の時代を克服するために"私たちはどういった未来への地図を描けばいいのだろう。そのヒントになるのでは、と思うことを、私は自分の担当した自由回答による調査結果の中に見つけた気がするのだ。

 「10年後までに『できたらいいな』『あったらいいな』と思う技術や商品、サービスがあれば、自由にお書きください。」 こう尋ねたら返ってくるのはきっと、もっと便利なロボットやさらに効率化したステムといった、科学技術がらみの回答が多いだろうというのが当初の予測だった。実際にそのような声も多く寄せられた。

 しかしそれ以外の答え、「科学技術ではないもの」を挙げた人々の声が、決して少なくないことは、意外でありつつも、非常に示唆深い。
 例えば、「科学技術において、これ以上ほしいと思うものはない」とはっきりと主張する人たち。老子の言葉を借りれば彼らは"足るを知る"賢者といえるだろう。
 さらに、地域の団結力や教育力、地元の商店街の復活、大家族での暮らし、自然の緑にあふれた住環境...を望む声。
 「なんだ、そんな些細なものでいいのか」とも感じたが、高度な医療技術でも、完璧な防犯システムでも、猫型便利ロボットでもない、ささやかな願いであるからこそ、彼らの声は、一層の切実さをもって私の胸に響いた。

 考えてみると、些細だと思っているものは、でも実は見かけ以上には些細なものではないのかもしれない。
 ネット通販でなんでも購入できる時代だけれど、休日にわざわざ電車賃を払って人ごみでごった返した街に出かけるのは、店員さんとあれこれ言いながら買い物するのが楽しいからだ。
 出身の大学院ではインターネットによるオンライン授業サービスがあったが、早起きしてでも講義に出席していた学生が、私だけでなく、常に一定数いつづけたということは、「教室」という場と時間を共有することでしか味わえない"何か"があることの証だったとも考えられる。

 「豊かさ」の本質は、こういったさりげない人との"つながり"、そしてそんな"つながり"の中で自分は生きているのだという"実感"にこそあるのではないか。
 それはささやかなものであるだけに見過ごされがちで、科学技術で代替しようと思えばできてしまう。むしろ効率主義や手軽さの観点だけで考えれば、いっそ技術で代替してしまったほうがいいものもあるかもしれない。でも人間が人間らしく生き生きと暮らしていくためには、科学技術に置き換えてはならないものが、確かにあるような気がする。 
 そんなことを、今回のレポートを通して考えた。

 豊かな社会への地図は、今まで私たちが暮らしてきた社会や文化の中に埋まっているのかもしれない。
 それを見つけに行くのが、これからの10年になるのかもしれない。
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