研究員コラム

2020.10.01矢野 博司

コミュニケーションを育てる

 弊社では、with コロナの働き方を継続しており、在宅勤務が中心で、1ヶ月に1回の出社ペースが続いています。

 私の場合、単身赴任であるため、外出も控えた一人の生活が続いています。Teamsやzoomでの通信手段を使用したバーチャルな対面でのコミュニケーションは毎日行っていますが、リアルな対面でのコミュニケーションは、「マイバック持っています」とか、「nanacoでお願いします」など、小売業界での挨拶程度の会話のみになり、日常のコミュニケーションが減りました。

 バーチャルな対面でのコミュニケーションは行っているものの、音声が途切れたり、音声の大きさの変動などにより、聞き取りにくくなることや、カメラを使用せず音声だけの会議もあることから、リアルタイムに反応したり、相手の表情や視線、立ち居振る舞いを見ながら会話の内容を修正したり、理解するといったコミュニケーションが少なくなっています。

 このようなリアルなコミュニケーションが少なくなることで、自分自身のコミュニケーション能力の低下が起こっていると感じています。実際、ビデオ会議などでも、咄嗟に言葉が出にくくなったことや、会話の流れやコンテキストの把握に時間がかかっています。このままでは、コミュニケーション能力が低下していくのではないかと危惧しています。コミュニケーションは、共感、共生、共創を生み出す根幹ですから、自律社会の実現が遠のくことになりかねません。またコミュニケーションは、身体、感性を使いつつ、運動能力のように育て鍛えていくものです。鍛えると言っても、リアルな会話を増やすわけにも行かず、家の中で一人でできることを少しずつ始めようと思っています。

 そこで始めたのが、観葉植物や花です。コミュニケーションからいきなり花か、と思われるかもしれません。自宅で過ごす時間が長くなり、自然と触れる機会が減ってきました。そこで、自然の癒やし(植物とのコミュニケーション?)を求め、部屋に花を飾ったり、植物を育て始めた人は多くなってきたのではないでしょうか。私もディスプレイから植物に視線を向けて、目の疲れを取るだけでなく癒やしを求めていました。

 それに加えて、植物に、水を上げたり、変えたり、肥料を与えたり、葉や根を切り取ったり、など手間暇をかける必要がでてきます。つまり、植物も花も、水や手をかけないと、すぐに枯れていきます。毎日、水をやるときに、花や葉、茎、根の状態を観察し、適切な手当を行います。次の日、花の状態が悪くなっていれば、前日の手当の方法を再確認して、異なる手当を行います。自らの身体、感性を使いつつ、植物や花を育てることは、コミュニケーションにつながるのではないでしょうか。植物や花の状態変化の時間は、実際のコミュニケーションと比べて長くなり、リアルさに欠けますが、微かな状態変化というフィードバックを受けて対応を考えるのは、コミュニケーションそのものと思います。

 私は更に、植物や花に名前をつけて、愛着を持たせています。名前を呼びながら、挨拶したり、植物や花の変化を声に出しながら、世話をしています。傍から見れば、独り言の多いおじさんかもしれませんが、自分自身の活動が、植物や花を育てていると感じることができます。その実感を、植物や花にとって自分は必要な存在であるとの感覚に、置き換え、自分の存在意義を再確認しているのではないでしょうか。

 小さな変化を見つけて、手当していく。今までとは異なる時間の流れですが、楽しむことで、コミュニケーションの能力を維持できればと思っています。
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