COLUMN

2006.04.01鷲尾 梓

未来を「選ぶ」

 2月初旬、スウェーデン・デンマークで未来社会の研究をしている人々と情報交換を行った。そのうちのひとつ、デンマークで訪ねたTeknologiradet (Danish Board of Technology:デンマーク技術庁)では、「公共交通機関の無料化」と題するユニークなプロジェクトが行われている。

 デンマークでは、過去10年の間に自家用車の利用が急増し、事故や温暖化、空気汚染などの問題が深刻化している。「公共交通機関の利用を促進することにより、これらの問題を解決し、社会的・経済的利益をもたらすことはできないだろうか」-プロジェクトでは、そんな問題意識に端を発し、さまざまな領域の専門家が協力し合って、公共交通機関の無料化がもたらす影響に関する分析・予測を行っている。
 
 HRIが行った「10年後の日本社会像」に関する調査では、「10年後、日本では自動車保有者が減少していると思いますか?」という質問に対して「そうなると思う」「おそらくそうなると思う」と答えた人はわずか14.1%、「そうならないと思う」「おそらくそうならないと思う」が53.4%と、過半数にのぼっている。自らの現在の生活と照らし合わせると、車社会はそう簡単には変わらない、と考える人が少なくないのだろう。「公共交通機関を無料にしてしまったらどうか」というアイディアは、斬新だ。しかし、そんなことが本当に可能だろうか。

 「公共交通機関の無料化は、実現しそうですか?」と、その疑問を投げかけてみると、意外な答えが返ってきた。-「大切なのは、私たちのシナリオが『実現するかしないか』ではなくて、『選択肢を提示すること』なのです」。

 「デンマーク人に『未来の交通機関はどうあるべきか』と尋ねれば、多くの人が、『自家用車を使うよりも公共交通機関を使った方が環境的にも経済的にも良いと思う』と答えます。でも、彼らの実際の生活はどうかというと、多くの人が自家用車を使っているのです。なぜか?答えは簡単です。『車の方が便利だから』です。未来について、理想を語るのは簡単です。理想像を語る限り、人々の希望は一致します。しかし、本当の意味で未来に向けた決断を行っていくためには、抽象性の高い議論ではなく、具体的な選択肢の中から何を選ぶのか、という観点から、ひとつひとつ議論を重ねていく必要があるのです。私たちのプロジェクトの目的は、その選択肢を提示していくことにあります」。

 では、「公共交通機関の無料化」を選択した場合は、どうなるのか。公共交通機関を無料で提供しようとすれば、多額の資金が必要となり、国民の税負担が増える可能性がある。この負担を嫌い、無料化に反対する人もいるだろう。しかし一方で、これまで車社会を築き、維持するために莫大な資源と資金が投じられてきたことは見過ごされがちである。車社会を維持するための資源と資金を、未来の社会では公共交通機関に充てることができるのではないか。私たちは、その選択肢のいずれをも選ぶことができる。

 未来は「訪れる」ものではなく、現在を生きる私たちが多様な選択肢の中から選び取っていくものである。それは、逆に言えば、一見夢のようなシナリオであっても、私たちが真剣にそれを望み、納得の上で必要な負担を分かち合うことができれば、実現できる可能性があるということでもある。
(小山梓)
 
■ Teknorogiradet 「公共交通機関の無料化」プロジェクト
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