研究員コラム

2016.01.01中間 真一

未来を発明する~「想像」×「創造」="想造"~

あけまして、おめでとうございます。
HRIは、こころ豊かな明るい未来への道筋を描き、伸ばし、前進する一年としていきます。
みなさま、よろしくお願いいたします。
 
新年早々のコラムなので、気を大きくして、鳥の目になり世の中の進む先を俯瞰しようとすると、私にとって気になる3つの「イズム」が浮かんできます。
「キャピタリズム」
「グローバリズム」
「エゴイズム」
どれも、難しいテーマで、このコラムでは問題提起の入口程度になりますが、このあたりに新たな社会へのパラダイム・シフトの鍵があるのではないかと感じています。
 
ひとつめのキャピタリズム、「資本主義は最悪のシステムである。しかし、資本主義以上のシステムは存在しない」と、チャーチルの言葉をもじって言われたりしますが、資本主義の限界については、ここにきて常に議論になるテーマです。昨年は、経済学者トマ・ピケティさんの世界的ベストセラー『21世紀の資本』が日本でもブームを呼び起こしました。資本から得られる収入が、労働から得られる収入を上回る、「お金持ちが、ますますお金持ちになる構造」が、80年代以降に再び戻ってきたという主張です。経済格差の固定化のデータを目の当たりにして、世界中の人が資本主義経済の持続性に対して疑いを持ち始めたということの表れとも見えます。もっと単純に考えると、「もっと、買いたいもの・こと」が無くなってきてしまった世の中ということも感じます。もちろん、地域差はまだありますが。
 
 二つめのグローバリズム、IoTの本格展開も始まり、ICTがすべての産業で高度に駆使される情報社会、競争はますます激しくなり、常に勝者であり続けられるものだけが生き残れる環境になってきました。世界中のプレーヤーとイス取りゲームをし続けなくてはなりません。このゲームは、最後の勝者は一人だけ。一つの座面を分け合うという弱気な発想では弾き飛ばされてしまいます。この結果、商店街からは個人商店がシャッターを降ろし、企業の中でも不採算部門は早めにシャッターを降ろす。気がつけば、世界チャンピオンだけしかプレーヤーがいなくなります。これって、売り手、買い手、誰にもおもしろくないことなのではなかろうか?大きな新たな世界的難題テロリズムも、じつは同根の部分があるのではないでしょうか。
 一方、鳥の目から見ると、「ガラパゴス化」という言葉が使われるように、日本社会のメンタリティの深層では今なお鎖国の気分が続いているのではと気になるところもあります。 世界と、あるいは外側と、「やりとり」は活発にしているんだけれど、「やり」と「とり」が別々になって、「やりとり」になっていないような、漠然とですが、そんな感じを持つこともあります。未来への開国文化には、やはり「自律した個」の土壌づくり、自律社会への道筋づくりの大切さを感じます。
 
三つ目のエゴイズム、自分が勝者であり続けるためには、敗者や同志という他者との関係づくりは「ムダ」なことになってきます。てっぺんを目指して自分が勝ち続けることだけを考えていく「利己主義(エゴイズム)」の生き方を、都合良く「日本人も、もっと個人主義を大事にしないといけない」などと誤った個人主義の使い方のもとに、はびこり始めていないでしょうか。 個人主義とは、個々の人間の主体性を重んじて、一人ひとりの個人が自由に生きる権利が保障される一方、個々の人間が集まって成立する社会に対して、個人の自覚と責任を負う自律性が重視されるはずです。これに対し、利己主義は、自分の利益になることだけを行為の価値基準として、他者のことや社会の利益を考慮することなしに、自己本位な生き方を推し進める考え方であるはずですが、両者は混同どころか、エゴイズム礼賛に都合良く個人主義が使われているように感じられます。
 
専門家でもない私ですが、世界の未来を生活者感覚で想う時、3つのイズムが気にかかっているのです。今年の干支は「申」です。京大総長の山極寿一先生の著書『「サル化」する人間社会』を読んだ時、先生が「サル化」という言葉で私の3つのイズムへの懸念点を説明されているように感じたことを思い出しました。ゴリラ研究の第一人者である山極先生ならではの見方ですが、勝ち負けを作り出すサルの強い序列社会に対し、群れの中に序列を作らない、勝ち負けという概念の無いゴリラを対比させて、人間社会の「サル化」を懸念し警鐘を鳴らしていました。その原因として、人間社会は、他の動物と人間を分ける最大の特徴とも言える「家族」と「共同体」を上手に両立させて使いながら進化してきたことを、自らの手で壊している点が強く指摘されていました。私はそこに、大きなシンパシーを感じました。
 
 こんなことを考えながら、私は決して未来に対して悲観的にならず、楽観的かつ建設的に今年も未来を考えていきます。3つのイズムを述べている中で、未来へのパラダイム・シフトに大事なものとして「リズム(律動)」があるのではないかと、ふと思いつきました。メロディ(旋律)を変えるのではなく、リズムを変えることが、豊かな未来に向かう道なのではないでしょうか。それは、ヒューマニズムのリズムです。そんな未来への兆しの芽は、若い人たちの行動の中に見つけることもできるように感じています。
 
 未来は往々にして現状の延長線上に演繹的に表せるものではありません。パソコンの父と言われる、アラン・ケイの言葉を思い出します。"The best way to predict the future is to invent it." 未来は「発明」するもの。さらに、SF作家の巨匠である星新一さんは、ちょうど今から50年前、1966年のお正月の書き初めの一部で、「きょうの想像力があすを築く」と書かれていたそうです。「想像」×「創造」=「想造」
そんな姿勢で、未来を発明していきたい今年のHRIです。
よろしくお願いいたします。
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