研究員コラム

2014.08.01澤田 美奈子

「不気味の谷」再考

 弊社のオフィスの本棚の上には、オムロン株式会社が4年間に渡る研究開発の末、2001年に発売した猫型ロボット「ネコロ」が鎮座している。当時はAIBOなどのペット型ロボットが注目を集めていた頃だが、見た目のリアリティ追究による本格志向を謳ったこのネコロは、残念ながら市場から姿を消すこととなった。
 ネコロが市場に受け入れられなかった理由としては、「本物のネコに近づけ過ぎた結果、似ていない細かな部分を際立たせてしまい、そのような本物とのちょっとした違いが、不快感や気味の悪さにつながったのではないか」という分析がなされている。
 同じ動物型ロボットでも、見た目はかなり"ロボット"的なAIBOはヒットとなり、さらに"ぬいぐるみ"のようなアラザシ型ロボットPAROは高齢者を中心に世界中で受け入れられている。これらの事実を顧みても、ロボットの本物らしさ・生物らしさの追究も、あるレベルを超えると人間側に強い不快感や嫌悪感といったネガティブ感情を引き起こさせるという「不気味の谷」現象が確かに存在しているように思える。
 
 「不気味の谷」の問題に対して、大胆不敵なやり方で真正面から挑戦している研究者の一人が石黒浩氏であろう。最近ますます見分けがつかなくなっている石黒氏と、氏の開発したアンドロイドは、世界各国のメディアを賑わしながら、「人間らしさとは何か」「人と機械を隔てるものは何か」という問いを人々に突きつけている。最近では女性や子ども・落語家など、さまざまなタイプの精巧なアンドロイドたちが、百貨店や博物館などで社会の一員として受け入れられ、活躍するようになっている。
 恐らく多くの人々の反応と同じく、私は当初石黒氏のアンドロイドたちを「気味が悪い」という印象をもって眺めていた。ところが実物を間近で見たり、動いたり話したりしている様子を目にする機会が増えるうちに、ネガティブな第一印象は徐々に遠ざかり、これらのロボットたちに不思議な「親しみ」や「ぬくもり」を感じるようになってきたのである。
 
 私のこの印象変化が示すように、ロボットに対する「不気味だ」と反応自体は、見慣れぬ対象への一時的なリアクションかもしれず、脳の"慣れ"や"適応"によって解消される可能性がある。一見薄気味悪いロボットでも、関わっていくうちにいつの間にか「不気味の谷」を超えて、親近感や共感を育める存在になれるかもしれない。「人を見た目で判断してはいけない」のと同様に、「ロボットを見た目で判断してはいけない」という心構えをみんなが持つようになれば、外観上でのパッと見での「不気味さ」はさほど問題にはならなくなるのではないか。
 今後ますます問題となってくるのは、外観ではなく「やりとり」としての自然さ、人間らしさ・生き物らしさではなかろうか。例えば機械は疲れを知らず、コンピュータも文脈を読む技術が乏しいので、こちらの事情などお構いなしに同じことを何度も何度も言ってきて人間をうんざりさせる。人間と同じように機械も疲れを感じられる設計にしたり、人間の機嫌や場の空気を読むような社会性を機械に持たせたりして、機械が人間をより深く理解し洞察することができるようになれば、人間と機械とのやりとりはもっと"いい感じ"になっていくのではないかと夢想する。ネコロにしても、見た目の追究以上に、リアルなネコの最大の持ち味である「気まぐれ感」を再現するなどして人とネコとの「関係性」としての類似性を実装していれば、もっと多くの愛猫家の心を捉えることができていたかもしれない。
 
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