COLUMN

2013.11.15鷲尾 梓

「インカチ」に思う、「里海」を育む人間の知恵

 旅先で、素敵な出会いに恵まれた。フランス人と日本人の夫婦で、自分たちの手で古民家を改装して宿を営んでいる。フランスと日本中をまわって、自分たちが根を下ろすべき地を探してきたという二人に、なぜ最終的にこの地--沖縄県石垣島の白保--を選んだのですかとたずねてみた。語り上手な二人のストーリーに耳を傾けていると、まるで美しい映画を観ているようだった。
 二人がこの地を訪れたとき、ちょうど彼らの予算と希望に適う物件が売りに出されていたという偶然もあるが、歩いて数分のところにある白保の海を訪れたときに目にした光景が忘れられなかったのだという。フランス人の彼に「懐かしい感じがする。まるで故郷に帰ってきたようだ」と言わせた、その「懐かしさ」は、「海垣(インカチ)」と呼ばれる存在がもたらすものだった。  
 
 「海垣(インカチ)」は、「魚垣」や「石干見(イシヒミ)」などとも呼ばれ、浜近くの浅瀬に石を積み上げて作った半円形の石垣のことを言う。この石垣は、潮が満ちると海中に没し、潮が引くと顔を出す。潮の満ち引きによって、石垣の中に取り残された魚を捕まえるという極めてシンプルな漁の仕組みである。
 自然の力を使い、資源の乱獲につながらないこのような手法は、日本だけでなく、世界中の沿岸域で用いられてきた。時代の変化に伴い、多くの地域で姿を消しているが、いま再び、海と人との関わりをみつめ、「里海」(里山の海版)を守り育む取り組みのカギになるものとして注目を集めている。
 
 2010年に白保で開かれた「世界海垣サミット」では、スペインのチピオナ、フランスのオレロン島、ミクロネシアのヤップ島、フィリピン、韓国、台湾の各地から、日本国内からも、石垣島白保をはじめ、奄美大島、大分宇佐、長崎福江島、沖縄の小浜島、宮古島から参加があったという。
 持続可能な形で海の恵みを受け取るための工夫が、世界各地で同じような手法を生み、風景を生み出していること、そしてなにより、次代に残す価値を認められていることは非常に興味深い。文化や風土は異なれ、持続可能な在り方への知恵というのは普遍的なものであることを知らされる。
 
 いま、中国で高濃度の大気汚染物質を含む濃霧が発生するなど、途上国における公害が世界的な懸案事項となっている。産業革命以降深刻な大気汚染に悩まされ、「霧の都」と揶揄されたロンドンをはじめ、多くの国々が経験してきた過去の「失敗」の経験が活かされず、地球上で繰り返されている現状が悲しく、もどかしい。
 
 世界各地で試行錯誤を積むほかなかった時代とは異なり、今日、人が知恵を共有するための手段は格段に整ってきている。国境を越えて協力し、学び合うことができたなら―「海垣」の現代版にあたる優れた知恵を生み出すことも、可能なはずだ。
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