研究員コラム

2013.09.01澤田 美奈子

アーティストと機械

先日、ポストペット開発者としても広く知られるメディアアーティスト、八谷和彦氏の個展「Open Sky 3.0」にお邪魔し、八谷氏本人から解説をいただきながら会場を巡るというたいへん贅沢な機会に恵まれた。
 
「Open Sky」は、「欲しかった飛行機、作ってみた」をキャッチフレーズに、10年以上に渡って取り組まれている自作飛行機プロジェクトである。インスピレーションの元は『風の谷のナウシカ』でナウシカが乗っているメーヴェだ。メーヴェに似せるために、プロペラではなくジェットエンジンを選び、操縦席も身体を固定するほうが安全ではあるが、アニメのナウシカよろしく腹ばいで乗るスタイルにこだわった。架空の機械を現実に持ってきてしまうだけでもすごいのだが、外堀を埋める地道な努力――分厚い航空法に目を通したり、パイロットに求められる精密な身体検査をクリアする健康づくり(!)に至るまで、とにかく八谷氏の情熱はすさまじい。
 
ところで、飛行機をつくる人は普通エンジニアと呼ばれるが、八谷氏はアーティストを自称する。エンジニアとアーティスト、どちらもカタチあるものを生み出すという点で似たところもあるが、アーティストがつくる機械は、エンジニアのそれとは何が違うのか。そんな問いを頭に置きつつ八谷氏の解説を聞いている中で、徐々にわかってきたことがある。
八谷氏の解説を聞いていると、役に立つとか便利とか作業がこんなに楽になる、といった言葉は一切出てこない。その代わりに聞かれるのは「たのしい」「おもしろい」「すごい」「グッとくる」「これはたまらんと思う」といった、エモーショナルな表現である。機能性や合理性といった価値ももちろん「エンジニアリングの正義」として存在することは認めつつ、「何の役に立つの?って聞かれるより先に、心が奪われてしまうもの」をつくりたいのだと言う。この志向性こそがアーティストによるものづくりの髄である。
今回の自作飛行機はもちろん、ピンクのくまが手紙をやりとりするメールソフトに始まり、相手との自分とが見ている風景を交換する装置や、ありがとうを言うためにクルマに取り付ける尻尾妖精を見つけるメガネなど、八谷氏がつくるものは、人のこころをとらえる力がある。機械という、言ってしまえば単なる無機物を通じて、あたたかく血の通った感情を表現するセンスと手腕に、感服するばかりである。
 
ときどき私は電車の中や喫茶店などで、イヤホンをつけ音楽を全くの無表情で聴いている人たちに違和感を感じることがある。マナー問題はあるが、ヘッドフォンで音楽を聴きながらリズムを取ったり、顔をしかめたり、目をつぶってうっとりしていたり、涙ぐんだり、一緒に歌ったり踊ったりしている人たちのほうが、音楽というアートを正しく楽しんでいるように思える。同様、アーティスト発の機械が身の回りに増えれば、機械を使う人々の表情ももっと豊かになり、使いながらニマニマしたり、思わずうめいたり、たまらない気持ちになったりする、おもしろい世界が期待できるんじゃないか、などと想像してしまう。
最後に八谷氏からこれから取り組みたいプロジェクトについて伺ったところ、それはまさしく「泣ける機械」であった。詳細は差し控えるが、それは私たちが思いがけもしなかった、だがすばらしい構想であった。その場にいた者全員が、そんな機械があったら絶対に泣きます、全世界が泣きます、大人こそ泣くでしょう、と口々に言うぐらいにである。泣ける映画、泣ける小説が精神を浄化するように、泣ける機械というものが登場するような社会になれば、人と機械との関係性は「ユーザーと道具」という素っ気ない関係を超えた、より深い絆でむすばれるようになるだろう。
 
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