COLUMN

2013.01.15澤田 美奈子

メイカーズとしての企業のこれから

ブラックフライデーこそないものの、日本でも一年のうちで買い物が最も活発に行われるのは年末年始ではないだろうか。毎朝入ってくる新聞の折り込み広告も相当な量だ。街を歩いていても様々な商品が私たちの購買欲をくすぐるように巧みに、もしくはあからさまにアピールを放ち、眺めているだけでもたのしい季節である。
 
ちかごろ目に付くのは、カスタマイズを謳った商品だ。好きなカラーリングでスニーカーをつくろう、MP3プレイヤーにイニシャルを刻印して贈ってはいかがでしょう、その他、Tシャツ、チョコレート、クルマの内装、郵便切手まで、いろいろある。一から十までを企業が考えた製品を消費者に供給するのではなく、消費者自身がデザインにかかわる余地を与えることで付加価値を高めようというわけである。
 
企業が新製品を大量に生産し、それを消費者が受動的に消費するという時代は終わった。『メイカーズ』によればやがて消費者自身が必要なものをすべてつくりだす時代がやって来るという。確かに長期的にはそうなっていくのかもしれない。この動きはシリコンバレーやアキバだけでなく、インドの農村にまで広がり始めているらしい(関連記事)。
 とはいえ、私を含め、3Dプリンタやレーザーカッターなどほとんど触れたこともない多くの人々は「誰でもがものづくりスターに!」といわれてもどうもピンと来ないというのが正直なところではなかろうか。今はまだ、大量生産・大量消費の時代から、メイカーズ的未来ビジョンへの、中間期である。だから、実のところは与えられた選択肢からチョイスしているだけではあるのだが、自分好みのカラーリングでスニーカーをつくったり、スマートフォンをケースで覆ったりながら、人と"丸かぶり"する確率を下げつつ、「自分だけのモノ」という満足を得ているのである。
 
街歩きの途中、皮革製品の老舗ブランドのショーウィンドーに「世界でひとつだけのバッグをつくりませんか?」というキャンペーンを発見し、どんなものかと店内に立ち寄ってみた。豊富なカラーパターンの中からバッグの色と持ち手の色を自由に組み合わせられるという。ためしに好きな色=フューシャピンクとブラックを組み合わせてみた。不思議なことなのだが、どちらも自分で選んだ好きな色なのに、つくってもらったイメージを見ても、私はそれを欲しいとは思えなかった。うーん...と唸っていると店員さんから、ピンクならネイビーのほうがコントラストがきつすぎず馴染みが良いことを教えられ、鮮やかな雰囲気がお好みならこんなパターンもキレイですよと、イエロー×ターコイズとかダークグリーン×グレーといったイメージも紹介された。どれも私が思いつきもせず、とりたてて好きな色でもなかったが、自分で考えたものよりずっと美しく、ハッとさせられ、財布の紐がうずうずするような魅力があった。
 
「欲しいものは顧客は知らない」とジョブスは言った。遡ればフォードも「もし私が顧客に彼らの望むものを聞いていたら彼らはもっと速い馬が欲しいと答えていただろう」と言っている。彼らは別に、顧客は無知だと見下していたわけでも、顧客など無視しろと考えていたわけでもなかったと思う。彼らが言いたかったのは、社会が豊かになるにつれて顧客はより欲張りになっており、顧客自身が思い描ける程度のモノを与えても決して満足はし足りない、ということだったのだと思う。だからこそフォードもジョブスも、顧客の声に従うより、"メイカー"としての己の創造力に賭けるほうを選んだのだ。
 顧客の声を聞くことは、現在を評価し改善することには大事なことだ。だが画期的なイノベーションは、顧客に質問するところからは始まらない。顧客の欲望はどこにあるのか。何があれば彼らの世界を一変させることができるのか。洞察も予見も創造も容易いことではないが、既存企業としてのメイカーズたちも次の躍進の種を探し出す努力に一層邁進しなければなるまい。 
 
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