研究員コラム

2012.08.01中野 善浩

人間を中心とした技術の前途の広がり

太陽光などの再生可能エネルギーを高値で買い取る制度が注目を集めるなか、あまり脚光を浴びていないが、今春からHEMS(ホーム・エネルギー・マネジマント・システム)に対する補助事業がスタートした。HEMSとは、家の中で、どこで、いつ、どのくらいのエネルギーが使われたかを細やかに「見える化」することで省エネを促し、状況に応じて、家電などのオン・オフや稼動状態を自動制御してくれるという代物である。1件につき最大10万円の補助金を得ることができるそうだ。そして、補助の対象外であるが、我が家も、いたってシンプルな電力計測器を取りつけてみた。家全体の電力使用量を配電盤で計測し、データを無線でモニタに飛ばし、消費電力量として、あるいはCO2換算や電気料金などとしてリアルタイムで示してくれる。日々の変動量、設定目標との実績比較なども見ることができる。我が家のような小さな家では、全体の電量使用量と時間さえわかれば、誰が、どこで使っているか推測できる。高性能なHEMSでなくても、基本的な機能でできることは十分にある。
 
 エネルギー供給のインフラが整備されていなかった頃、それぞれの家には薪や炭などが貯め置かれており、それらを使っていくと、量が減っていくのが一目瞭然でわかった。だから無駄を出さぬよう大切に使いっていたはずである。エネルギーの見える化とは、かつてのような自覚的な生活を支えてくれるという点で、人間を中心にした技術のひとつと位置づけることができるだろう。にもかかわらず、しかも、ここ何十年も省エネの必要性が強調されてきていながら、住宅のエネルギーの利用状況をモニタリングするシステムは普及しなかった。
各家庭に電気メーターは設置されているけれども、それは料金徴集を目的とした、事業者のためのものである。そして、どちらかというと、その家の住人にとっては、目につかない場所にひっそりと設置されている。事業者が利用者の便宜を図ってこなかったと見ることができれば、利用者の側も省エネに真剣に向き合ってこなかったと見なすこともできる。いずれにしてもニーズへの踏み込みが浅かったと指摘されても仕方がない。それほど高度な技術を必要としないのだから。
 
同じように、見過ごされてきたニーズは他にもある。例えば、今年になって、軽自動車よりさらに小さなクルマを、道路交通法の車両として位置づけようという動きが出てきた。トータルでみると、小さな電気自動車は環境負荷も少なく、高齢者の便利な足になる。これも人間に寄り添った技術だと言えるだろう。ただし、このような提案はずっと以前からあって、アメリカの一部の州では、1970年代からロー・スピード・ビークル(低速車)という車両区分とされ、買い物などの近距離の移動で利用されてきた。車両の仕様としては、ゴルフカーと同等で、長距離を走行するわけではないので、超高性能のバッテリーがなくても十分に使うことができる。そして低速での移動なので、すれ違う人たちが声を出して挨拶を交わすことができる。近隣の人間関係を見える化する移動手段である。
 
 大きなニーズが見逃され、人間に寄り添った方法で技術を生かす機会を失ってきた。他に優先度や実現性の高いものがあり、後回しにされた。そのことを反省するか、前途が広がっていると見なすか。後者の立場をとるべきなのだろう。エネルギーと移動という、社会において不可欠な領域で大きな見逃しがあったということは、他にもあるということである。いよいよ本格化する。楽観的に考えるべきである。
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