研究員コラム

2012.03.15鷲尾 梓

シリーズ「2012年のキーワード」#6「有限」を思う

 早咲きの桜がほころび始めた。寒さの厳しい東北に早く春を、と祈るような気持ちで見上げる、二度目の桜だ。
 
 この一年で私たちは、ものには「限り」があるということをあらためて突きつけられた。生きていくために必要な水や食料、生活必需品。資源、エネルギー。そして、自分の人生にあたえられた時間。
 
 スーパーに行っても必要なものが手に入らない。水道の水を安心して飲めない。必要なときに電気が使えない。被災地の方々のことを思えば何ということはないのだが、ふだんこのような「限り」を強く意識することなく生活している多くの日本人にとって、それは価値観を揺さぶられる経験だった。限られた人生の時間をほんとうに一緒に過ごしたいのは誰だろう、とあらためて考え、パートナーシップのあり方を見直す人も増えたという。「震災婚」「震災離婚」などの言葉も新たに登場した。
 
 今でもはっきりと思い出す。東京都で水道水の摂取制限が出される中、ちょうど離乳食を始めたばかりの子どものおかゆを炊く水をどうしよう、と不安でたまらなかった。紙おむつも売り切れで、手元の残りも少なくなってきた。あと2、3日分というところか。どうしようどうしよう、そんなことを思いながら洗濯をしていて、はっと我に返った。うちには子どもの着るものの替えもたくさんあるし、タオルもある。洗濯機も使える。紙おむつがなくたって何とでもなるではないか。一番必要な被災地には、おむつは届いているんだろうか・・・。ちょうどそのとき、友だちになったばかりの近くに住む人が声をかけてくれた。「おむつだいじょうぶ?どこも売り切れだよね。うちにはちょうど買い置きがあるから、もし足りなくなりそうだったら声をかけてね」。自分のことばかりを考えて、どうしようと不安がっていたことを恥ずかしく思った。
 
 ものや時間は限られているが、つかうほど豊かになるものもある。可能な限り節約をしながら、あるものを工夫して使い、分け合う暮らしの中でうまれる、知恵。そして、互いに気遣い、思いやる心。それも、この一年で強く感じてきたことだ。
 
 一年を経て、被災地から離れた地域では、生活に必要なものが手に入らなかったり、日常的に電気が使えなかったり、というようなことはなくなってきた。日々の暮らしの中で、「有限」は自ら意識しなければ実感しにくい状況になってきた。
 だが、ほんとうに「有限」を意識して、より豊かな、持続可能な暮らしのあり方を考えていかなくてはならないのは、復興に向けた様々な取り組みが本格化していくこれからのことだ。
 前述の「紙おむつ」の話は小さな小さな例だが、生活はその小さな「必要なもの、必要と思うもの」の積み重ねからできている。私たちの暮らしにほんとうに必要なものは何なのか。必要なエネルギーをどう確保していくのか。自分の力や時間を、どう活かすことができるだろうか。身近な人と、しっかり向き合えているだろうか―。
 今年は、昨年以上に「有限」を思う年にしなければならない、と思う。
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