研究員コラム

2012.02.15澤田 美奈子

シリーズ「2012年のキーワード」#4Compassionateなセンサー

  You are compassionate and fun-loving.
 昨年のアメリカ出張中、食事をした中華料理屋で貰ったフォーチュンクッキーからこんな言葉が出てきた。fun-loving に異議はないが、compassionateという言葉が気になった。compassionは「同情」と和訳されるが、この言葉に正直あまり良い印象がない。「共感」は爽やかなのに、「同情」というと押し付けがましい割に薄っぺらで、人を上から見下した印象を受けるのはなぜだろう。
そう思って「empathy」と「compassion」の違いについて調べてみた。両者ともに「passion」を語源としている言葉だが、「empathy」は「相手の感情に自分を【移入】すること」であるのに対し、「compassion」の場合は「人の【痛み】を共に(com-)感じて、【何とかしてあげたい】(pati-)と思うこと」とある。「compassion、同情」というのは、人間のあらゆる感情のうち「痛み」にとりわけ反応し、それを「どうにかしてあげたい」というこちらの積極的意志を伴う概念ゆえに、時に押し付けがましい印象を与えるのかもしれない。
 
それでもなお、この「compassion」を今年のキーワードを据えてみようかという気になっているのは、2011年のいくつかのフィールドワークでの経験によるものである。
21世紀のものづくりに対しての生活者のニーズはどんなものがありそうかというヒントを探しに、昨年も多くのフィールドワークに出かけた。行く先は、大学病院、高齢者介護施設、部品工場など、どれも自分の日常からは遠く離れた場所である。自分と異なる行動パターンや生活環境に身をおくユーザーを観察しに現場に出かける場合、「デザイン思考」の教科書などには、「empathyを持って相手の身になって考えよう」といったアドバイスが書いてある。人々を実験室のラットのようなオブジェクトとして見るのではなく、なぜそのような行動をするのか、そのように考えるのかと、相手の気持ちに寄り添って理解に努める構えが肝心なのである。
 
もちろんempathyはフィールドワークの大原則とは承知しつつも、昨年、empathyが非常にしにくかった現場がある。その最たるものが介護施設のお年寄りたちだった。認知症になると人は世界をどう認識するのだろう。どんな気持ちを持つのだろう。本人にヒアリングするわけにもいかず、医学的解明も十分ではなく、当人の気持ちに自分を移入することは限りなく難しいように思われた。
ただ、現場に足を踏み入れて私が率直にいだいたのは、施設で暮らす高齢者たちに、もっといきいきと、暮らしてほしい、という思いだった。本当は自由に外に出かけたいんじゃないだろうか。おいしいものを食べたいんじゃないだろうか。家族の顔を見たいんじゃないだろうか。親切なスタッフは困ったらいつでも助けてくれるけれど、スタッフの手を借りることをすまなく思っているんじゃないだろうか――。これらの直感的で、荒削りで、一方的な感想は、empathyよりもっと手前のcompassionと呼ばれる心の動きのように感じられた。だがニーズというのは要は「困りごと」のことだ。「その人がどんなことに痛みを感じているのか」ということを敏感に察知するには、お仕着せがましさの問題はひとまず置いておいて、compassionateな、人らしいセンサーを全開に使ってみてもいいのかもしれない。
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