研究員コラム

2011.10.15田口 智博

シリーズ「ポスト3.11のあたりまえ」#2再認識される人とのつながり

 ある研究会の場にて、岩手の釜石で復旧・復興に尽力されている役所の方のお話を聞く機会があった。震災発生から月日が経っていっているにもかかわらず、その言葉の端々からは今なお続く切迫した様子が感じられた。

 赤十字防災ボランティアの有資格者でもあるその方は、発災後、3日間乗り切れば支援物資は届くだろうと考えていた。しかし今回のケースでは、実際には4日間要することになる。また、通信網の回復も同様に時間を要し、避難所では情報の伝達が一向に進まず家族の安否が1週間近くも分からない人がほとんどであったという。当然、日に日に誰もが言葉を交わせるような心境ではなくなっていったそうだ。まさにこの震災では、多くの人々が想像も及ばない状況に陥ったのだと痛感させられる。

 役所でも指揮命令系統がなかなか思うように機能しない中、3.11以降、地域での支援活動は待ったなしで求められ続けている。しかし、実際にその場に直面すると、どのように行動してよいか考え込んでしまう職員も少なくないという。そんな状況下では、「自分の家族を思い浮かべ、一体何をすれば喜ばれるか考えてみる」という声を掛けるそうだ。そうした判断基準で一人一人が物事にあたれば、自ずとすべきことは見えてくるとの話があった。またそうすることが、その場にいる人とのつながりを強く実感できることにもなるという。

 このような人とのつながりは、被災地という特別な環境だけで目にするものではない。つい先日、旦那さんが奥さんを在宅で介護されているお家に訪問させてもらった。旦那さんからは、奥さんが若年性の認知症を患われたのがきっかけで介護をされるようになったことなど、これまでの経緯や近況を聞かせてもらった。
認知症というと、最近はテレビCMなどでも目にする機会がある。早期発見の重要性が訴えられる一方で、まだ根本的な治療法が確立されていない病気である。今まで普通に出来ていた行動や判断が徐々に困難になっていく症状を伺うだけで、そのご苦労を察するに余りあるものがあった。

 ただ病気の進行を遅らせる薬があるため、個々の患者さんに合ったものを服用しながら状態をみていくケースが多い。薬と聞くと、個人的には医師に相談の上、処方してもらい病院や薬局の範囲内で完結している印象を持っていた。ところがお話を伺っていると、医師による診察は当然必要ではあるが、同じように認知症を患っている方がいるご家族との薬に関する情報共有がとても役立つそうだ。それは「今回の薬はこういうところで効果がある」、「副作用としてはここに注意した方が良い」といった情報だという。個人差はあるにせよ、薬には様々な留意をしなければならないことが通例である。特に認知症のような病気では、医師以外に、同じような境遇の人との接点もとても重要な意味をもつことに気づかされた。旦那さんが話す様子からも、そのことが本当にありがたいという表情を垣間見れた。あらためて「病気や介護では一人で抱え込まず」というよく耳にする言葉の持つ意味を、より深く理解できたように思った。

 前回、中間さんから"共に生きる"という新たな次元の提案があったように、そうしたジャンプには大きな不安が付きまとうのは確かだ。しかし震災からの復旧・復興、また病気や介護の中でもみられるように、人がお互いの関係性を強めていければこれから新しい社会を築いていける気がする。それには、人が共につながりを感じ合えるという"あたりまえ"を再認識し、それが上手く機能する社会にしていくことが何より望まれるに違いない。
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