研究員コラム

2004.04.01中間 真一

若者たちは「マイ・マイ・つぶり」

 ご存知のとおり、「マイマイツブリ」はカタツムリの別称だ。HRIでは、昨年度20~34歳の若者たちを対象としたライフスタイルや価値観の調査プロジェクトを進めてきたが、わたしは彼らをいろいろな意味を込めて「マイ・マイ・つぶり」と命名することにした。

 いま、若者たちへの社会の眼差しは、きわめて冷ややかだ。わたしも、電車の中で平然と化粧をしたり、場所を選ばずすぐにしゃがみこんだり、子どもの授業参観中に平気でケイタイを鳴らしたりする若い人たちに対して、露骨に不快感を表し続けてきた。

 もちろん、わたしたちの学生時代を振り返れば、他人のことを非難できるものではない。わたしたち「なで肩ミドル世代(40代)」の20代というのは、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』の林真理子、『なんとなく、クリスタル』の田中康夫、秋元康などによって開花した、ミーハー消費文化にどっぷり浸かり、赤いファミリア・ハッチバックに乗り、カーステレオからユーミンを聞き、陸サーファーの格好よろしく遊び呆けるばかりと言っても言い過ぎではなかったのだから。

 しかし、あの当時のわたしたちの中には、まだまだ「社会人」という言葉に重みと力があった。抗い難い「成長経済社会」への信奉と依存があり、その価値基準の下では大企業就職こそが、「勝ち」パターンであった。林真理子がいまどきの20代に対してのコメントを女性誌に書いていたが、そこで今との大きな違いとして指摘していたのが「就職していないかっこわるさ」だった。これには、わたしもとても納得できた。確かに、当時のわたしたちは、より上の世代のようなマジメさはまったく薄れていたものの、就職が一生を決めるのであり、就職したらミーハーではあっても、社会人(≒会社人)としての常識は外さず、会社の中では仕事に打ち込み、遊びは遊びで遊びまくってきたわけだ。

 そんな若者のライフスタイルが、ますますエスカレートして、どうしようもなくなっているのが「いま」なのだろうくらいに思ってのリサーチの着手であった。しかし、さまざまな機会を通して、直接彼らと対話をしてみると、事情はかなり違うのだと気づき始めた。最も違うと感じたのは、彼らにとっての「わたし」の重要性だ。なぜ、これほどまでに「わたし」ということにこだわるのか。いろいろ調べてみると、その上の世代と比較して、教育の場における「個性重視」の考え方の大きな差異が影響しているようだということがわかった。

 この「わたし中心主義」は、オタクとは一線を画している。彼らは「わたし」を手放しに認めてくれる友達(マイ・フレンド)を必要としている。わたしがわたしであるための能(マイ・タレント)を必要としている。私のタレントを発揮できる舞台(マイ・ステージ)を必要としている。それらがセットそろってこそ、マイ・ライフがあり得るという考え方だ。わたしたちの頃には、そこまでマイ・マイをこだわることは無かった。こだわらなくても、自ずと自分らしさが滲み出てくるものだくらいに思っていた。

 そして、さらに多くの若者たちに会って話をする中で、彼らの「わたし中心主義」の質のバラツキがとても大きいことがわかった。本物の個人主義を身につけた連中は、いかに世の中と「わたし」の折り合いをつけるかという点に悩みを抱えつつも、とても素直な志と信念を持って、着実に前に進みながら先のことを考えていた。未成熟な個人主義の連中は、「わたし」にこだわりつつも、それを獲得するための努力も悩みも負担する覚悟はなく、天に向かって唾を吐くようなことばかりを言っていた。そして、両者に共通しているのは、大化けするような冨の獲得への執着が無く、素直に「わたし」の居場所を世の中に求めようとしているということだった。

 いま、批判の対象となっている若者たちは、個性教育の場面でよい師に恵まれず、エゴイズムに陥ってしまった犠牲者かもしれない。個性教育世代の波頭にある彼らであるだけに、脆さも大きいのだ。彼らの中には、殻に閉じこもってしまう傾向も見受けられた。しかし、しっかりと波頭を維持して先へと伸ばす連中も確実にいると実感できた。彼らは、マイマイツブリのごとく、マイペースを崩さない。しかし、角を出し、必要であれば槍を出し、頭角を現して、確実に未来を拓いている。彼らのマイ・マイぶりが、これからの10~20年で舞い上がり、パラダイムシフトが完成するのではないだろうか。わたしは、今回の何十人もにおよぶ若い連中との対話から、マイマイツブリたちが拓きゆく近未来に期待が持てるようになり、とても楽天的な気持ちでこのテーマを終えることができた。なお、より詳しい内容については、レポートをご請求いただければ送料実費にてお送りします。
(中間 真一)
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