所長の独白

2020.07.07

ヒューマニズムの危機

私は「ヒューマンルネッサンス」を組織の名に冠した研究所で働いています。だからこそ、というか、それなのに、しょっちゅう「ヒューマンルネッサンス研究所とは、何を研究する所なんだろう?」と自問自答を繰り返し、時には知り合いの人たちにも尋ね続けています。

周囲の人たちからは「組織コミットメントが曖昧なままだから、いつまでもそういうことを考えてしまうのだ」とお叱りを受けたり、「それを考え続けることが、オマエの研究なんじゃないの?」と禅問答みたいになったり、はたまた、「なぜ、ルネッサンスと言ってるのに、さらにヒューマンを上塗りする必要があったの?」と逆質問されたり、さまざまな応答があります。

今日も、はたとそういう「問い」が浮かんできたので、”ヒューマニズム”とは何か?と語源を遡ってみます。古代ローマ時代の「フマニタス(humanitas)」というラテン語の言葉に辿り着くようで、ローマ市民が教養として学ぶべきことと理解されていたようです。そして、中世になると、大学の自由七科(いわゆる般教科目)、言ってみれば古典の研究に近くなり、14世紀後半以降は、フマニタス研究 (Studia humanitatis) と呼ばれ、その研究者は人文主義者(ユマニスト、ヒューマニスト)と呼ばれ始めたのだそうです。

14世紀ルネサンス期に入ると、ロゴスに対して古代ギリシャ・ローマの詩、歴史、レトリックの中から倫理の源泉を見いだそうとする動きが出てきて、ヒューマニズムは人道主義とか、人間中心主義と言われるようになります。ルネッサンス(復活・再生)という言葉も、ローマ・ギリシャの古典再生の文化運動です。中世の「神」中心の時代から、「人間」中心の時代に変わろうとするムーブメントです。ヒューマニズム研究とは、どうやら、人間が自立を遂げた原点の時代の古典文化に立ち返って、人間らしさを確認しようとする研究のようです。しかし、私たちのヒューマンルネッサンス研究所は、歴史ではなく、未来社会を研究しています。

なぜ、今から30年前の1990年、未来社会を観るために、古典研究の名を冠した研究所が必要だったのでしょう?今度は、神中心ではなく、何中心から人間中心に変わろうとするものだったのでしょう?簡単に言えば「工業(モノ)文明中心」から、「人間(ココロ)文化中心」と言えるでしょう。

しかし、今回Copid-19の災禍の恐怖と不安の中でじっと考えていると、本当に「人間中心でいいのだろうか?」という気持ちが湧き上がってきます。人間中心なのではなく、生命の世界には中心とか軽重とかの位置づけは不要なのではないのか?という疑問です。人間を中心とすると、きっとウイルスは遙かに遠ざけている周縁の極みのような位置づけでしょう。少なくとも意識としては。しかし、ウイルスは人間の自立よりずっと太古からの自立生命ですし、凄まじいサバイバル力の持ち主です。ウイルスには文明という武器は無いわけですが、その分、生命そのものの力がすごい。人間の文明力である「富岳」を使っても圧勝できるものではないのです。そろそろ、私たちは、福岡伸一先生が早くから注目されてきた『生物と無生物のあいだ』みたいなところを、人間の無力感ということを、暮らしの中、生き方の中に再度組み入れることが求められ始めた兆しを感じるのです。それが、二度目のルネッサンスではないのかと。

そんなことを考えていた時に、新聞紙上で目にしてハッとしたのが「折々のことば」で鷲田清一先生が取り上げていたV.E.フランクルの書の言葉でした。

「人間学がしてならないことは、人間を中心におくこと、このことである」『苦悩の存在論』

そこには、「人間の存在は自立も自足もしていない。人間は「ホモ・パティエンス」(苦しむヒト)、つねに外部の影響に晒されてあるものだ」と記されていました。そして、「人間がすべてとなったとき」こそ、ヒューマニズムは危機に瀕するのだと。

この話しから、私が確信できたことがあります。私たちが未来への羅針盤としているオムロンの「SINIC理論」が、人間社会の未来を予測しているものなのに、「社会」と対置される「自然」という言葉をくっつけて「自然社会」というゴール設定をしていることの真意がここにあると。だから、ヒューマニズムが危機に瀕する前に、人間中心とか、○○中心という、一つの中心という強い考え方を一旦ほぐし直してはどうかと思うのです。そうなると、今現在「周縁」にあるものこそ、未来の兆しの注目点になってきます。自問自答は、まだまだ続きます。けれど、わかりました。「そうだ、周縁に行こう!」と、七夕の笹に短冊をかけたくなりました。

ヒューマンルネッサンス研究所 所長 中間 真一
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